店を閉めて雑用を片づけ、11時過ぎに恋人が暮らすマンションに向かってみると、恋人はリビングのソファで眠っていた。これは結構よく見る光景だった。
 軽く声をかけてみたが、起きる気配はまるでない。これもいつものことだ。

 疲れているんだろう ―― 恋人が今週、特に忙しそうにしていたのを、俺は知っていた。
 その昔、自分のように立ちっ放しの仕事と比べて、デスクワークをしている社会人は楽なんだろうな。などと考えていたのが誤りであったのだと、俺は恋人と付き合うようになってから知った。

 仕事柄、仕事中は一時も神経を休める暇がないのだろう ―― それはそうだ、一瞬にして何千万もの稼ぎをあげるのだという株取引は逆に言うと、一瞬にして何千万単位の損をする可能性もはらんでいるのだろうから。

 そういう疲れ方は知らねぇし、想像も出来ねぇよな・・・つぅか数千円の金でああだこうだ言っている人間からしたら、ウン千万とか、ケタが違いすぎて現実味がねぇや。などと、棚から出した薄手の毛布を恋人の身体にかけてやりながら、俺は考えた。

 と、そこで恋人がふいに、ゆっくりと目を開けた。
 開かれた双眸がぼんやりとしているのはほんの一瞬で、そこにはすぐに鋭い光が宿る。

 その移り変わりの光景を見る度、俺が必ず激しい性的興奮を覚えている事実を、恋人は知らない。
 きっとこれからも、気付くことはないだろう。

 それは俺に、直接的にセックスを思い起こさせる ―― 快感に浸りきった恋人が現実世界に戻ってくる、その際の光景と、それはまるっきり同じなのだ。

「来ていたのか、気付かなかっ ―― ・・・っ、!」
 噛みつくように口づけた俺の胸を、恋人が激しく押し返して抵抗する。
 が、むろんそんな抵抗は全く俺には効かない。効かせる気もなかった。
 かけてやったばかりの毛布をはぎ取り、改めてソファに恋人を押し倒す。

「・・・っ、ちょっと待て、やるならちゃんとベッドに連れていけ・・・!」
 と、口づけと口づけの間に恋人が言った。
「もう遅ぇよ。自業自得だろ」
 と、俺は言った。
「自業自得って、言葉を取り違えてる!意味を正確に知らない言葉なら使うなっ!」
「あのな・・・、自業自得の意味くらい知ってるっつぅの」
「じゃあなにか、この状況は俺のせいだと言う気か!?そんなのおかしいだろ ―― おい、待てって、やめろ馬鹿・・・!」

 俺はわざとらしくため息をつき、分かったよ・・・。と呟いて往生際悪くわあわあ喚く恋人から身体を離した。
 そんな俺を見上げる恋人の目に、ふっと寂しげな影がよぎる。

 諦められるのが嫌なら、抵抗して見せたり、挙げ句馬鹿とか言うな・・・。と、小一時間くらい説教してやりたい。
 昔は恋人のこういう部分にいちいちカチンと来ていたが、いったんその部分がツボにはまり出すと、これが結構興味深い。
 適当にあしらっているとやがてバツが悪くなるのだろう、そわそわし始めるのも面白かった ―― 本人に言うとキレまくりそうだから、神妙な顔をしつつ内心だけで面白がっている、最近の俺だった。

 しかし今は悠長に恋人を観察している余裕がなかったので、俺は恋人の目から哀愁の影が消えるか消えないかのうちに、その身体を横抱きに抱き上げ、
「そんなにベッドに連れてってほしいなら、連れてってやるよ ―― でもその代わり、今日は俺の気の済むまでとことん付き合えよな」
 と、言い放ってやる。

 うっと言葉に詰まって顔色を失わせた恋人を腕に、俺は寝室へと足を向けた。

 ほの暗い寝室には先ほどから途切れ途切れに、すすり泣くような喘ぎ声が続いている。
 散々抱き尽くした恋人の肌はしっとりと汗に濡れ、どこか底光りするような妖しく白い光沢をまとって見えた。

 もう何度も唇と手のひらで確かめた恋人の身体のラインと肌の感触をもう一度、執拗になぞってゆく。
 その途中、さりげなく指先で胸の尖りに触れると、恋人の身体は面白いほどの反応を示す。

「なぁ、今度はアンタが上になれよ」
 恋人の耳の縁を甘噛みしながら、俺は囁いた。
「・・・今日は、もう、い・・・いだろ・・・っ、あ ―― っ、あぁ・・・っ!」
 否定的な言葉を口にしかけたのでぐっと腰を突きつけてやると、恋人は高く喘いだ。
「今日はとことんつき合うって、約束しただろうが ―― グダグダ言わずに上に乗れって。もっと奥までハメてやる」
「・・・っ、お、お前はいちいち・・・っ、下品なんだよ・・・っ!」
「へぇえ、下品ねぇ。その下品な男に惚れてるのはどこのどいつだ?ぁあ?」
「・・・知るかっ、それは一体、どこの、誰の話 ―― っ、あ、や、やめ ―― っ、あ、ぁあああっ・・・!」

 この期に及んで可愛くない台詞を口走る恋人の口を塞ぐ代わりに、俺は勢いをつけて仰向けにベッドに倒れ込んだ。
 繋がったままの恋人の身体は、その勢いによってなし崩し的に俺の身体に跨るような形になる。
 慌てて腰を浮かして逃げようとする恋人を、もちろん逃がしはしない。
 離れてゆきかけた恋人の腰を掴んで、力任せに引き下ろす。
 なし崩し的に恋人の身体が沈み込んでくるのに合わせて、腰を突き上げる。

「あぁっ、あっ、ァあああっ!!」

 細く白い恋人の喉のラインが、夜の闇に晒される。
 俺の腹に今夜何度目かの恋人の白濁が吐き出されたが、俺はまだ全然収まらなかった。

 掴んだ恋人の腰を揺さぶり、その揺さぶりをかき回すように腰を使う。
 引き攣れた、悲鳴にも似た喘ぎ声を漏らし続ける恋人は、もう口を利く余裕すらない。

 元々性欲は強い方だとは思っていたが、最近はそれが更に増殖している ―― その自覚は、確かにあった。
 愛玩動物のような小さくて可愛い年下の相手をひたすら甘やかすような恋愛ばかりしてきた俺だったが、今俺の上で泣きながら喘ぐ恋人は、そういう存在とはまるっきり真逆に位置する人間だった。

 生意気で、不遜で、遠慮がない。
 ついでに言うと可愛げの欠片もない ―― 普段は。

 恋人が弱みを見せるのは、感情の振り幅が限界を超えた時だけだ。
 そこには当然、快楽の振り幅も含まれる。
 ずいぶん前から俺はそれを知っていて、だから限界を超えた快楽を恋人に突きつけ、まだ見ぬ恋人の新たな一面を探らずにいられないのだと思う。

 恋人がこれを知ったら、子供っぽいと笑うだろうか、馬鹿なことをと怒るだろうか、それとも・・・ ――――

「 ―― ん、っ、あ・・・、ゆ、うじ、も、駄目だ、おかしくなる・・・!」
 ふいに恋人に名前を呼ばれて、俺は我に返った。
 恋人が俺を名前で呼ぶのも、限界に近い快楽に浸っているときだけだ。

 請われるまでもなく、俺ももう限界だった。
 ベッドに沈めていた半身を起こしてそのままベッド・ヘッドに恋人の身体を押しつけ、激しく突き上げる。
 堪えきれずに再度達した恋人の熱く収縮する体内に、俺は欲望の全てを注ぎ込んだ。