FOXY PANIC

★☆★ 4 ★☆★

 浴室から移動した寝室のベッドの上、横たえた稜の身体に残る水滴を舐めとるように、俊輔はその肌に口付けてゆく。

「ん・・・っ、も、そんなの、いい、から・・・っ、・・・っ!」
 ここへ来ればすぐに欲していたものを与えられると思っていた稜が、もどかしげに身体を捩らせながら叫ぶ。
「いいから・・・なんだ?」
 鎖骨の窪みを舌でなぞりながら、さりげないやり方で稜の太股に猛る自身を強く押し当てて、俊輔が訊く。
「・・・っ、分かっ、てる・・・くせに・・・!」
 責めるように稜は言い、差し上げた腰を俊輔の身体に押しつけた。

 それでもまだ、俊輔は稜を征服しようとはしない。
 弓なりに反る稜の身体を再度ベッドに沈め、唇で胸の突起を弄びながら熱く潤む稜の後孔に指を埋め込んでゆく ―― むろん、稜がこんなものを望んでいるのではないことは、分かりきっている。
 その証拠に1本、2本と埋め込んだ俊輔の指に絡みつく稜の内壁が、声にならない切実な懇願の思いを訴えていた。

「や、やめ・・・ッ、あぁあっ!ん、や・・・ぁ、あぁっ!」

 感じる部分を巧みに避けつつ、しかし執拗に内部を探られた稜が悲痛な叫び声を上げる。
 その切羽詰まったような必死な反応が、歪んだ充足感を俊輔にもたらしてゆく。

 こうして限界まで乱れている瞬間だけが、唯一、俊輔が稜の全てを独占出来る時間なのだ ―― それは今日だけではなく、常にそうだ。
 そうでなければ、ここまで嗜虐的に相手を責め苛みはしない。
 自分の欲望を解消することだけを目的とした一方的な関係ならば、そんな手間や暇は、かける気にもならない。

「・・・稜・・・」

 荒い呼吸を繰り返す耳元でその名を呼び、小さな円を描くように奥底まで差し込んだ指先を蠢かせる。
 指の動きに合わせて鋭く喘ぐ稜の身体が、面白いようにシーツから跳ね上がる。

「っく、も・・・、頼む・・・から・・・、は・・・やく・・・、来てくれ・・・!」

 やはりそれは、普段であれば絶対に聞けない言葉だった。
 その手の言葉を引き出してやりたいとどんなに焦らしても、これまでの稜は決して俊輔を求める言葉を口にしようとはしなかった。

 何かがおかしいと、それを突き詰めてやろうという本来の目的が、俊輔の脳裏から消え去りかけていた。
 指を引き抜き、反り返る自らの切っ先を熱く潤む稜の後孔に押し付ける。

「・・・これが、欲しかったんだろう?」

 言いながら、蕩けきったその部分を先端で確かめるようになぞり、ゆっくりと、貫いてゆく。
 きつく拒絶するように締め付ける内壁が、そこを暴こうとする熱と硬さにじりじりと屈服してゆく ―― その、敗北の過程。気が狂いそうになる。弄ぶ余裕など、もうなかった。性急に、激しく、腰を突きつける。

「ぁあああアっ・・・!っ、やめ・・・ぁあっ、ん ―― ぁあぁっ!あぁ ―― !!」

 壊れたように稜は悲鳴を上げ続け、両腕が力なく俊輔の身体を押し返そうとする。

「・・・そんなにやめて欲しいなら、やめようか?」
 薄く笑い ―― 小さくかき回す動きは止めずに ―― 俊輔が訊く。
「・・・っ、や・・・やだ・・・って・・・!」
「ふぅん、それならやめよう」
 と、俊輔があっさりと身体を引く振りをすると、かきむしるようにシーツを掴んでいた手が俊輔の腕に絡みついてくる。

「だったら、やめろとか言うな」
 止まらない笑いを噛み殺しながら、俊輔は言う。
「・・・っ、だ、だって・・・」
 深く覗き込んでくる俊輔の視線から目を逸らしながら、稜が呟く。
「だって ―― なんだ」
 じわりと、再び稜を征服しながら、俊輔が訊く。

 深く貫かれてゆく感覚に打ち震えるように感じ入る稜の唇が、消え入るような音で怖いのだと囁いた。
 感じすぎるって言うのか、と堪えきれずに声を上げて笑う俊輔を、稜が潤みきった目で見上げる。

「変だって・・・こういう意味、なのか・・・?」
「・・・なぜ?」
「だって・・・、自分でも・・・お、かしいって・・・、こんな・・・こと、今まで、いちども・・・っ、あぁ!」

 体内に咥え込んだ俊輔自身が、そこでずくりと嵩を増すのを感じた稜が、顎を突き上げるように喉を逸らす。

「こんなに感じたことはないって・・・?そんなことを口走っておいて、後で知らないとか言うなよ、稜」
 と、言いざま、俊輔は稜の右半身を引き起こし、同時にその太股を跨ぐようにして突き上げた。
 限界まで埋め込まれていたはずの肉茎が、さらに一歩、奥へと割り込んでくる。
 布を引き裂くような悲鳴が稜の喉奥から迸り、昂り切っていた稜の高ぶりから白濁が溢れ出す。

「・・・いくらいってもいいが、まだ止まらないぞ、俺は」
 稜の頬や瞼に激しく口付けながら、俊輔が言う。
「・・・ん・・・」
 目を閉じたままの稜が、それでもいいというように幾度も、小さく頷く。

 明らかにどこかがおかしいとは思うが、こういう稜も悪くない。

 そう考えた俊輔は、どこか獣じみた動作でくたりとシーツに沈む稜の身体を引き上げた・・・ ――――

 ・・・こういう稜も、悪くはない。
 それは確かだ。

 ―― しかし ―― しかし、である。

 感じる違和感が日ごと増してゆくのは、止めようがなかった。

 呆れ果てたといった抗議の声に構わず、あれからも幾度か道明寺に稜を診察させたのだが、診断結果は変わらない。
 念のため他の医師にも診せてみたが、診断は“特におかしな点はみられない”という、変わり映えのしないものだった。

 だが俊輔は ―― 俊輔だけは、今の稜の異常さが生半可なものでないことを知っていた。

 誰がなんと言おうと、稜は半年やそこらで俊輔の強引なやり方に完全降伏するような人間ではないのだ。
 こちらを油断させる手なのかとも考えたが、それにしても今の稜は盲目的なまでに従順すぎた。

 試しに幾日も休みなく、明け方(というより完全に朝)まで稜を責め苛み、会社を数日間連続で休ませてみたりもしてみたのだが、それでも稜は怒らない。
 最中に俊輔がどんなに無体なことをしても、口にするのも憚られるような要求をしてみても、稜は黙って言われるままに行動する。
 流石にこれなら怒るだろうと仕事中の稜にちょっと帰ってこいとメールを送ってみると、なんとそんなあり得ない要求にすら従った稜は、会社を早退までして来たのだ・・・。

 もう、どう考えても有り得ない。奇妙すぎる。
 ある意味怖いというか、気持ち悪さすら感じる。

 そんなある日、久しぶりに(!)稜が会社に行き、一人きりになったリビングを意味もなくぐるぐると歩き回りながら、俊輔はひたすらに考え込んでいた。

 一体、どうしたものだろう?
 確かに道明寺の指摘通り、今の稜に不満があるわけではない。
 口答えや抵抗を一切しない稜というのも奇妙なものだが、それはそれで楽しませてもらってもいる。
 しかし ―― ここでまた“しかし”な訳だが ―― そう、とにかくこの状況に自分一人が、どうしても慣れることが出来ないのだ。
 こういう違和感も、時が経てば消えてゆくのだろうか・・・?

 と、考えた俊輔はそこで唐突に足を止め、その次の瞬間、突進するような勢いでベランダに飛び出す。

 俊輔の勢いに恐れをなしたのか、ベランダの柱の影にいた狐は飛び上がって逃げ出そうとした。
 が、タッチの差で俊輔にそのふさふさとした尻尾の端をむんずと捉えられてしまう。

「い、痛い痛い!痛いですってば!」
 そのまま空中にぶら下げられた狐が、手足で空を掻きながら喚いた。
「まさかと思っていたが、本当に貴様の仕業だったのか!」
 狐の金切り声に負けずに、俊輔が怒鳴った。
「し、仕業って、何の話です?」
「この後に及んで惚ける気か、このいたずら狐め!早く稜を元に戻せ!」
「・・・えぇっ!?そりゃあまた、どうしてです?」
「どうしてもこうしてもあるかっ!あんな稜、不自然で気持ち悪いんだよ!」
「でも昨晩は、随分お楽しみだったじゃないですかぁ・・・」
 何度も懇願してようやく離してもらった尻尾を大切そうに抱き締めながら狐が言い、その言葉を聞いた俊輔の目がさらに攣り上がる。
「いたずらだけじゃなく覗きまでやってんのか、このエロ狐め!!」
「うぎゃあああ!ぐ、ぐるじい・・・!」
 今度は首を捉えられてぎゅうぎゅうと力任せに締め付けられた狐が、断末魔のような呻き声を上げる。
「離して欲しけりゃ、稜を元に戻しやがれ!」
「ほ、本当に本気なんですか?このまじないは一度解いてしまったら、あとで戻せって言われても無理・・・うぐっ」
 ぐっと喉笛を掴み直され、狐が呻く。
「つべこべ言わずに早く直せ!それ以上言うなら、生皮ひんむいて襟巻きにして売り飛ばすぞ!」
「わ、分かりましたっ、分かりましたから、離して・・・」
 涙目で懇願する狐の首を、俊輔は離してやる。

「・・・早くやれ」
 げほげほと咳き込む狐に、容赦ない口調で俊輔が命令する。
「・・・も、もうまじないは解きました」
「本当に?」
「嘘を言ってもしかたありませんよ。この瞬間にはもう、元に戻っているはずです。じゃあ、あたしはこれで」
 失礼します、と狐はそそくさと帰ろうとしたが、
「いや、ちゃんと確認するまではここにいてもらおう」
 と、俊輔は再び狐を捕らえようとする。

 だがこれ以上俊輔に付き合うのはごめんだと思ったのだろう。
 素早く身を引いた狐の身体を、まさに『日本昔話』さながらに白い煙が包み ―― 煙が引いたそこにはもう、狐の姿はなかった。

 本当にこれで全てが元通りになったのだろうか ―― 不安に思っていた俊輔だったが、その不安は数時間後にきれいさっぱりと解消された。

 何故なら身に覚えのない欠勤やら早退やらの事実を知り、怒り狂った稜が俊輔の元に殺到してきたからだ。

 いや、むろん、“殺到”というのが一人の人間に対して使う形容として間違っているのは分かっている。
 だがその日の稜の勢いは、一人でも“殺到”という言葉を使うのが妥当であろうというような勢いだった。

 勝手に俺を休ませた数日間、一体何をしていた!だの、
 ちゃんと分かるように説明しろ、この人でなし!だの、
 性懲りもなく約束を破りやがって、ふざけるな!だの、

 わあわあ怒鳴る稜を、俊輔は感慨深く見詰めていた。

 やはり稜はこうでなくてはならない、と俊輔は思う ―― いくら扱い辛くても、ムッとすることや苛々することがあっても、あんな従順な稜は稜ではない。

 と、そこまで考えたところで、俊輔はふと考える。

 そういえば俺はあの狐に、
“稜がもう少し従順というか、素直になってくれたら”
 と、言ったんだよな、と。

 ならば昨日までの稜が、感じすぎて怖いとか、こんなに感じたのは初めてだ等々と言っていたのは果たして、狐のまじないのせいで“従順にさせられて”言ったのか、それとも“素直にさせられて”言ったのか、どちらなのだろう?
 無理やり従順にさせられて言ったのと、素直にさせられて言ったのとでは、正に雲泥の差があるではないか?

 稜が怒鳴っているのもそっちのけで考え込んだ俊輔は、その過程で思わず昨日までの稜の痴態を思い出してにやついてしまい、更に稜の怒りの炎に油を注ぐことになった。

 因みにその後も俊輔は長いこと、まじないの方向性を確かめるべく、狐の所在を捜させた。
 だが散々怖い思いをしてほとほと懲りた狐は、二度と人間界には姿を現さなかったのだった・・・ ―――― 。

★☆★ おしまい ★☆★