FOXY PANIC

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 不機嫌な足取りで道明寺が帰って行った後で、俊輔は考える ―― 道明寺が言ったように、稜は自分に反抗する気持ちをなくしたのだろうか、と。

 確かに強引に稜を自らの元に縛り付け、いいように翻弄しているのは事実だ。
 だが稜という人間がそういった理不尽な扱いに、簡単に服従する人間でないことは俊輔が一番よく知っていた。
 いや、仮に諦めたのだとしても、自らやってきて食事や風呂の準備をしたりする必要はないはずだ。

 やはりどう考えてもおかしい、一体何が起こっているんだ ―― と、再度考えた俊輔の脳裏を、
 これは例の狐が言っていた“お礼”なのではあるまいか?
 という考えがよぎった。

 しかし俊輔は、即座にそれを否定する。
 この10年あまり、ぎらぎらとした、すぎるほどにリアルな極道の世界を生き抜いてきたのだ。
 今更そんな、ベタな『日本昔話』みたいな話を信じられるはずもなかった。

 そこでふと上げた俊輔の視線が、稜のそれと絡み合う。
 稜は訝しげに、どことなく不安げに俊輔を見ていた。

「・・・おい、こっちへ来て、座れ」
 試しに俊輔は言ってみる。

 普段の稜であったらそれだけで嫌な顔をするような命令口調で言ったのだが、稜は嫌な顔をするどころか足早にやって来て、素直に俊輔の隣に腰を下ろす。
「もっと近くに」
 更に言ってみると、それにも稜は黙って従う。

「・・・どこか変か?俺」
 観察するように稜を見る俊輔の視線に耐えられなくなったのだろう、俯いた稜が訊いた。
「 ―― さて、どうかな。知りたいか?」
 上げた右手で稜の左耳の縁をなぞるようにしながら俊輔が訊き、稜が頷く。

「ふぅん・・・、じゃあとりあえず風呂に入るか、一緒に」、にやりと笑って、俊輔が言う。
「・・・なんだ、それ。全然脈絡がないじゃないか」、ぱっと頬を染めて、稜が言う。
「脈絡はないな、確かに。でも付いてくるなら、教えてやってもいい」

 そう言って立ち上がった俊輔が促すように手を差し出すと、稜は多少躊躇ったものの、黙って俊輔の手をとった。

 服を脱がせた稜を浴室に閉じ込め、バスタブに身体を沈める。
 向かい合った稜を真っ直ぐに見詰めると、間が持たないのか俯いてしまうのはいつも通りだ。
 だが白く濁った湯船の下、足先で悪戯を仕掛けているのに、ただ困ったように身を引く様は、やはり明らかにいつもと違った。

「おい、ちょっとこっちへ来い」

 俊輔がリビングでかけたのと同様の声をかけると、俯いた稜の肩がぴくりと震えた。
 だがそこでもやはり稜は抵抗らしい抵抗は見せず、ぎこちない動きながら、じりじりと近付いてくる。

 途中、待ちきれなくなった俊輔が、自分の両足を跨がせるような格好で、稜を引き寄せる。

「・・・っ、や・・・、あ、っ・・・!」

 俊輔の腰の上に座り込むような形になり、そこにある欲望の熱を感じたのだろう。
 流石に稜はそこで俊輔の胸を小さく押し返し、抵抗の意志を見せた。
 しかし俊輔は構わず、抱き寄せた稜のわき腹あたりに口付ける。

 女の肌のようにこちらへ吸い付いてくるような柔らかさはないものの、皮膚の薄い稜の肌は程良い弾力があって心地よい。
 先ほど洗ってやったその肌を、今度は唇で存分に味わってゆく。

「ぁ・・・っ、んっ・・・や、あぁ、っ!」

 ゆるゆると這い上がっていった俊輔の唇と舌に胸の突起を嬲られ、稜が高い声を上げる。
 浴室に反響した自分の声の大きさに羞恥を覚えたのだろう、稜はきつく眉根を寄せて唇を噛み、続こうとした声を呑み込む。

 分かっていたが、俊輔は何も言わなかった。
 いくら我慢しても、どうせ再び声を上げて鳴くことに ―― 鳴かせることになるのだ。
 我慢出来るうちは、勝手に我慢していればいい。

 そう考えて密かに笑い、抱いた稜の身体を更に引き上げた俊輔の手指が、稜の後孔へと忍び込む。
 それを察して引き気味になった稜の腰を強く引き寄せ、そこを丁寧にほぐしてゆく。

「・・・っふ、あ、ぁあ・・・っ、あ・・・!」

 そう時を置かず、稜の唇から堪えきれずに喘ぎ声がこぼれ落ちる。
 同時に俊輔の愛撫が大胆さを増し、比例して上がる声の間隔も狭まってゆく。

「・・・そのまま、座れ」
 やがて俊輔が、掠れた声で言う。
 羞恥に頬を染め、快感の予感に唇を震わせた稜が、怯むような、躊躇うような素振りを見せる。
 しかしそれは一瞬のうちの、ほんの半分ほどの間だった。

 そんな短い逡巡の後、稜は俊輔の命令通り、ゆっくりとその腰を落としてゆく。

 揺らめく腰を支える俊輔がじっと見つめる中、半ばまでその屹立を呑み込んだ稜は、これ以上はもう無理だと、縋り付くような目で俊輔を見た。
 にやりと笑った俊輔が、掴んだ稜の腰を一気に引き寄せる。

「・・・あ、ぁあああっ、あ、っ・・・!!」

 唐突に突き上げられて悲鳴を上げた稜が、俊輔の胸に倒れ込んでくる。

「・・・きついか?」
 その身体を抱き締め、耳元に唇を寄せた俊輔が、訊ねる。
 再び湯に沈められ、後孔に移したぬめりは流されてしまっている筈だった。
 だが稜は小さいながらも、きっぱりと首を横に振る。

「・・・そうか、じゃあ動けよ」
 命令してみると稜はそれにも従順に従い、控えめな動きながらもゆらりと腰をゆらめかせ始める。

 浴槽内の湯が波打つ音と、稜の喘ぎ声。

 やはりこれは、どう考えてもおかしいと思うのと同時に、繋がったその場所から快感が沸き上がってくる。
 だが湯の中ではどうやっても限界まで深く繋がり合うことは難しく、生じる快感はどこまでもぼんやりとした、快感の影のようなものだった。

「・・・っ、も、や・・・、俊輔 ―― 俊輔・・・!」

 そのもどかしさに耐えられなくなったのだろう、稜が涙交じりの懇願の声で俊輔を呼ぶ。

 こういう場面で、こんな風に、稜が俊輔の名を呼ぶのは珍しく ―― その声を耳にした瞬間、俊輔は自身の下半身に向かって、一気に血液が凝縮してゆくのを感じた。

 掴みどころのない快感に焦れていたのは、むろん稜だけではなかったのだ。
 俊輔は無言で、半ばほど埋めていた自身を稜から引き抜く。

 そして抗議の色濃い声を上げる稜には構わずに俊輔は立ち上がり、ざっとバスタオルで拭った稜の身体を抱き上げて寝室へと向かった。