TRURH ABOUT LOVE - セカンド・ラブ 1 -
どうしてこんなことになっているのか分からない。
例の手紙が俺の元に届けられたのと相前後して、稜から何らかの連絡が入ったのだろう。
そしてこういう予定が元々三枝の脳内スケジュール帳には書き込まれてあったのだろう。
あっと言う間に俺の向こう1週間のスケジュールは白紙にされ、同時に車が手配された。
しかし結局誰に訊いても行き先は教えられないこと、俺を送り出す際何故か船井まで外に出てきていたこと、などなど、腑に落ちない点が多々あった(特別な事情があるときを別にして、幹部が外まで俺を送りに出てくることはあまりないのだ) ―― その疑問は用意された運転席に菖蒲が座っているのを見て霧散してしまい・・・そしてこの現状である。
俺は生きて再び、稜に会えるんだろうか?
その瞬間、俺は本気で、そう思ったのだ。
*
俺を送るという車の運転席に菖蒲がいるのを見た瞬間、なんでここにお前が出てくる・・・と思いはしたが、今回の騒動の直後だけに文句は言えなかった。
稜と菖蒲の仲の良さを思えば、稜の居場所を菖蒲が知らなかったはずはないし、俺が会わない間にも菖蒲は何度か稜と会っていたのかもしれない・・・と考えつつ、俺は黙って菖蒲の運転する車に乗った。
菖蒲はほどなくして車を中央高速にのせ、一路長野方面へと車を走らせた。
途中1度休憩を入れて3時間ほど走った末に菖蒲は飯田インターで高速を降り、そこから更に1時間半ほど、狭く曲がりくねり、込み入った道を走り ―― 長野を抜けて静岡に出るつもりなのか?と俺が思い始めた頃、菖蒲は車をいったん停車させた。
目の前の私有地らしき土地は鉄条網付きの高い塀に囲まれており、その塀は見渡す限り、左右にずっと続いている。
何なんだここは?と首を傾げる俺の横で菖蒲はハンドバックから取り出した小さなリモコンを操作し、目の前の壁に作られた入口を開いた。
状況的にまるで留置所のようだが、あたりの明るい雰囲気と景色の良さが、屈強な壁の物々しさをいくぶん軽減させていた。
そこで塀の中に入ったのは菖蒲の車だけで、俺と菖蒲の乗った車をここまでずっと護衛していた4台の車はついてこない。
そこからまた10分ほど車を走らせる間に、やはり鉄条網がついた金網製の壁をひとつ越え、新たに出てきた金網の壁(もちろん鉄条網つき)の前でようやく菖蒲は車を降りた。
「おい、一体ここは何なんだ」
と、菖蒲にならって車を降りた俺は訊いた。
が、返ってきた菖蒲の答えは、
「まだ来ていないようですわね」
という、全く答えになっていないものだった。
しかも続けて、
「流石にこの辺は寒いですね・・・もうすぐ迎えの者が来ると思いますので、私はこれで失礼します」
と、当然のように言って車に乗り込んでしまう。
「おい、ちょっと待て!」
と、俺は叫んで菖蒲の車の天井に手を置いた。
菖蒲はするするとウィンドーを引きおろし、大丈夫ですよ。とにっこりと微笑む。
「もう数分したら迎えが来ますから。
ああでも一つだけ。必ずここで待っていて下さいね、中に入ったりなさらないで」
「はぁ?何だそれ?」
と、問い返したものの菖蒲は強引に車を発進させて去って行ってしまい ―― 取り残された俺は暫し茫然としていたが、すぐに寒さに身震いする。
暦上では季節はまだ秋で、東京ではつい数週間前まで夏日を記録したとニュースで言っていた。しかしやはり長野の奥に来ると空気は身を切るように冷たい。
それなりに標高が高そうなので、そのせいもあるのだろう。
つらつらとそんなことを考えつつ時間をつぶしていたが、再度身体に震えが走る。
時計を確認すると菖蒲が去って行って5分ほどが経過していたが、一向に迎えがくる気配はなかった。
中に入るなという菖蒲の警告を忘れたわけではなかったが、俺は金網製の壁に備えられている扉のロック状況を確認した。
ここに来るまでに2度菖蒲が開けた扉同様、センサー制御だとどうにもならないと思ったが、ここのロックはスライド式の鉄製の鍵がつけられていた。
頑丈なつくりの鍵ではあったが、取っ手を持ち上げて右にスライドさせればいいだけの簡易な鍵だ。
土地の所有者が無断で侵入した等々と怒ったとしても、謝ればいいだろう。と思った俺は躊躇うことなく軽い気持ちで扉を開け、歩き出したのだが ―― ものの数分歩いたか歩かないかとうちに ―― この状況である。
どんな状況なのか?という問いに簡潔に答えるとすれば、「犬が来た」である。
そう、繰り返すがものの数分も歩かないうちに、大挙して押し寄せて来た犬の集団が、俺を取り囲んだのだ。
俺は特別動物好きではないが、犬は嫌いではない。
が、今俺の周りを囲んでいるのは人間に友好的な、いわゆる「ペット」という類の動物ではなく、明らかに狩り、又は戦いをするために存在する犬だった。
まず、目が違う。
犬たちの双眸に光る無機質な鋭さもそうだが、何よりも俺の喉を揺るぎなく見据える雰囲気が、冗談抜きで命の危険を感じさせるものだった。
逃げれば追いかけてくるだろう。
と、いうより恐らく、逃げたらそこで終りだ。
彼らは俺が背を向けようとするのと同時に、今もぴたりと狙いを定めている俺の喉笛を噛みちぎるに違いない。
一体どうすればいいのだ ―― にっちもさっちもいかない気分で、俺は無意識にじりっと右足を後ろに引いた。
それを敏感に察した犬たちが、一斉に後ろ足に力を入れるのが分かった。
飛び掛かられたら、逃げられない。
そう俺が絶望的に考えた、その瞬間。
「やめないか、お前たち」
という声が ―― 大きくはないが厳しく、鋭い声が ―― 、暗い影になった林の奥から、響いた。