TRURH ABOUT LOVE - セカンド・ラブ 5 -
夕暮れを過ぎ、徐々に暗闇に沈んでゆく部屋を、複雑に揺れる焔の光が照らし出す。
暖炉の前、毛足の長い絨毯の上に押し倒された稜は、ちょっと困ったように視線を泳がせた。
「・・・まさか・・・、・・・ここで?」、と稜が言った。
「まさかも何も、この部屋のどこにベッドがあるのか、俺は知らないからな」、と俺は言った。
「・・・見え透いた言い訳をするなよ・・・。そんなの、一言訊けばいいだけの話じゃないか」
と、稜は抗議したが、俺はそれを無視して稜が着ているセーターを引きはがしにかかる。
その後も稜はなんだかんだと文句を言うやら身体をよじるやらして抵抗していたが、俺は一切とりあわなかった。
抵抗して見せる稜の手指からは本気の気配がまるで感じられず、抵抗が形式上のものであることが伝わってきたからだ。
「・・・お前ももういい年なんだからさ・・・、もう少し落ち着いてことを運ぶとか、そういう考えにはならないのか?」
ボタンを外し終えたシャツの前を開いてその肌に手を滑らせたところでようやく抵抗をやめた稜が、ため息混じりに身体から力を抜いて、言った。
「“落ち着いてことを運ぶ”?それは具体的に言うと、どういうやり方を指すんだ?」
“いい年”って、お前は俺と同い年じゃないか ―― と、突っ込みたくなるのを飲み込んで、俺は言う。
「俺としてはお前相手に枯れるくらいなら、死んだ方がマシなんだが」
「・・・、お、お前は言うことがいちいち大袈裟なんだよ・・・!・・・枯れるとかじゃなくても、年相応にって言うかさ・・・」
「・・・・・・年相応、ね」
呟きながら、俺は唇で辿っていった肌の途中、胸の突起に軽く歯を立てた。
びくり、とひとつ大きく身体を震わせた稜が往生際悪く、
「・・・っ、・・・相変わらず人の話を聞かない男だよな、お前は・・・、ほんっと・・・」
と、ぶつぶつ言っていたが、俺は稜の言葉を聞いていない訳ではなかった ―― もちろん。
*
「・・・あのな・・・年相応っていうのは、しつこいとかねちっこいとかいうのとは、意味が違うんだからな・・・」
行為後、場所を移したベッドの上 ―― ベッドの在処は最初から大体分かっていた俺だった ―― ゆっくりと2本目の煙草を吸い終わったところで、ようやく身体を起こした稜が言った。
「ふん。お前が言うとおり、年が年なのは確かだからな。これからは1回1回をじっくり大切にしようと思いまして」
悪びれずに俺が言うと、稜はやれやれ。と言わんばかりのため息をついて立ち上がり、シャツだけを手に部屋を出ていった。
その数分後、どこかから微かに水音が聞こえてくる。
部屋の出入り口側にあったドアが、バスルームになっているのだろう ―― そう思いながら見回した寝室は、実に立派なつくりの部屋だった。
暖炉のある部屋もそうだが、家全体、どこを見ても華美なところはひとつもない。
むしろ家具も床に敷かれた絨毯も、相当年季の入っているものばかりだ。が、そのひとつひとつがきちんとした手入れをされていることが分かる。経過した年月がものに古臭さではなく、金では決して買えない重厚さを与えているのだ。
但し先ほど稜が使っていた簡易キッチンは新しかったから、水周りだけは定期的に入れ替えているのだろう。
ぼんやりとそんなことを考えているところに、稜がグラスに入った水を手に戻ってきた。
そして、「ここの水は驚くほど美味いんだ。近くの沢から引いてきているんだって」
と、言いながら、左手に持った方の水を渡してくれる。
言われるまま飲んでみると、確かに美味い水だった。何の抵抗もなく、すっと身体に染みてゆく感じだ ―― パック詰めの水ではこうはいかない。
俺がそう言うと稜は微笑み、再び俺の傍らに身体を横たえた。
そのむこうに、いつの間にか姿を消していた犬が(最中は遠慮したのかもしれない、犬なりに)やってきてぴたりと寄り添う。
稜の手が犬の太い首を撫でているのを横目で見ながら俺は、ああ、なるほど・・・。と思っていた。
“真夜中に電気の類を全て消して、本物の闇の中で焔のゆらぎを見ていると・・・”云々と手紙に書いてきていた稜の傍らに、今と同様犬が寄り添っていた様が、俺には想像出来たからだ。
ここ数年の間に山ほど読んだセラピーやら精神カウンセリング関連の本に時折、動物セラピーの話が出てきたのを思い出す。
動物を飼ったくらいで精神的な傷が癒されるのなら、ものごとは簡単だろうよ。と疑ってかかっていたが、それなりに効果はあるものなのかもしれない。
「それ、なんていう名前なんだ?外の犬とは方向性が全く違う犬だが」
と、俺は訊いた。
「名前はサスケ」
と、稜は答えた。
「元の飼い主に虐待されたせいで凶暴になって薬殺されるところだったのを、吾朗さんが引き取ったんだって。今では凶暴さの欠片も感じないけど・・・こういうペットっていうのは、飼い主によって人生どころか性格まで違ってきちゃうんだろうな」
首筋を撫でながら稜が話す内容を理解しているかのように、犬はふと顔を上げて身体をずらし、稜の脇から頭を出してその肩に顎を乗せ、満足げに目を閉じる。
「・・・気に入ったのなら、引き取らせてもらえるように、話をしてもいいぞ」
と、俺は言った。
稜は驚いたように軽く目を見開き、俺を見る。
「引き取るって・・・サスケを?」
「むろん、船井が手放してもいいと言えばの話だがな。その犬は無理でも、他に心当たりがあれば教えてもらえるだろう」
「・・・、んー・・・それはまぁ・・・そうかもしれないけど・・・」
「品川のマンションはペット不可ではなかった筈だし、問題はないだろう。なに、遠慮することはない」
「・・・あー・・・、うん・・・・・・」
犬を飼うこと自体乗り気でない様子はないのに、何故か素直に喜ぼうとしない稜を後目に俺は、
この後も引退するまで俺の忙しさは変わらないだろうし、俺のいない間、稜の気持ちを紛らわせることが出来るのなら、試してみる価値はあるよな。
船井が育てている凶暴な犬種はごめん被るが、温厚そうな犬か猫であれば1匹や2匹家にいてもいいだろう ――――
と、あれこれ考えていた。
*
結局俺と稜はその家に1週間滞在した。
その間、船井は家にいたりいなかったりで、まともに姿を見ることはまれだった。
俺に遠慮しているのだろうかと思ったが、近くに大きな住居付きの犬舎があるらしく、普段から寝起きは主にそこで行っているのだということだった。
俺と稜が宿泊している家は元々、何らかの問題が起きて姿を隠す必要のある極道関係者を匿う為に作られたものなのだろう。
明日東京に帰ることが決まった夜、初めて3人で夕食を共にした。
稜が手紙に書いてきた通り、猪の肉を使った船井の料理は豪快だがどこか懐かしさを感じるような味だった。
夕食の最後、コーヒーが出されたところで俺は船井に向かい、サスケを引き取らせてもらえないかと訊いてみる。
サスケでなくても、性格が温厚で飼いやすい犬に心当たりがあったら紹介してもらえないだろうか、と。
しかし自分の席に着きながら船井はにべもない口調で、
「やめとけ」
と、言い放った。
「・・・どうして」
と、驚いて俺は言った。
「俺は最初に言ったはずだ」、と船井は言う。
「・・・なにを?」、と俺は言う。
「なんだ、もう忘れたのか ―― “父親そっくりの、こらえ性のない顔をしている”と言ったろうが」
その言葉に思わず顔を顰めた俺を見て、船井はにやりと笑いながらコーヒーを口に含む。
「お前が考えていることは想像がつくし、気持ちは分からんでもないがな ―― 考えても見ろ。犬だろうが猫だろうが稜に懐いて、稜も傾倒するであろう存在を、お前は認められるか?
絶対に無理だな、何を賭けてもいいが、お前は早晩その存在を許せなくなるに決まってる。悩まんでもいいことで稜を悩ませる原因を作るくらいなら、最初からやめておくのが得策ってもんだ」
と、立て板に水を流すように決めつけられ、俺はなんとか反論の糸口を探そうと試みたが ―― そのきっかけを見つけだすより前に、稜が堪えきれないという風に笑い出す。
この話を最初にした時乗り気でない様子だったのは、稜も船井と同じ懸念を抱いたからだった訳か。
遠慮会釈なく笑い転げる2人を眺めつつ、俺は憮然として火をつけたばかりの煙草を灰皿でねじ消したのだった。
―――― 番外編 「TRUTH ABOUT LOVE セカンド・ラブ 」 END.