TRURH ABOUT LOVE - セカンド・ラブ 4 -
意味が分からない、と言いたげな顔をする稜に、俺は説明する。
「俺がお前をマンションに閉じこめていることがお前を追いつめているんじゃないか、そろそろ外で仕事をするのもいいんじゃないか・・・ってさ。就業するにしても駿河の息がかかった企業でないと無理だが、お前がその気なら営業以外どんな仕事でも探すと張り切っていたぞ」
「・・・、うーん・・・」
と、稜は首を傾げて苦笑する。
「あいつはあいつなりに、お前のことを心配しているんだよ。微妙に方向性を見誤っているけどな、本気で心配していることは間違いない」
と、俺はフォローするように言った。
「それは分かっているし、有り難いとも思っている。特に今回の三枝さんの立場は微妙すぎて、相当神経をすり減らしていただろうし・・・でも ―― 仕事か。確かに方向がずれてる」
と、言って稜はさりげなく身体をずらして、俺に寄りかかった。
じわりと伝わってくる身体の重みと体温を感じた瞬間、稜が本当に俺の元に戻ってきたことを実感出来た気がした。
「俺は、仕事はしないよ」
二呼吸ほどおいてから、稜はゆっくりと、静かに言った。
寄りかかっている稜の背中が、その発音にあわせて振動するのが伝わってくる。
「・・・すまない」
と、俺は謝る。
すると稜は首を曲げて振り返り、俺を見た。
何かを試すようなその視線をちらりと見返して、俺は続ける。
「お前のその勘の良さは営業職でこそ発揮されるものだろうし、かつてのお前がそこにやりがいを感じていただろうことは分かっている。自分の得意分野で全力で仕事にあたれないのならやらない方がましだ、と思っているのも。それに ―― それにお前は何より、俺に迷惑をかけたくないんだろう?・・・いや、違うな。迷惑というより、お前は自分のことで俺の手を汚したくないと思っている」
もちろん、稜が再び傷つくのを恐れ、出来ればあまり外に出したくないと考えている俺の気持ちも、稜は察しているだろう。
外で働く気はない。という言葉はそれを理解しているが故に発せられている部分もあるに違いなかった。
だが稜が一番恐れ、嫌っているのは再び自分の存在によって誰かの ―― 特にこの俺が犯罪を犯すことなのだ。
俺の手はもう、汚れ尽くしているというのに ―― それでも、だからいいと思えない稜の性格は俺が一番よく知っていた。
「ほぼ完璧な答えだ。素晴らしい」
俺のそんな内心などお見通しなのだろう、稜は努めて明るく言った。そして笑う。
「もちろん、俺にそれ相当の蓄えがあるから言っていられることだけどな、こういうことは。全く蓄えがなかったのなら、もっと早い段階で何が何でも働かせてくれって言っていただろうけど」
「それはそうだろうな。逆の立場だったら、俺だってそうだ ―― 株を持っているって、言っていたか?」
「ああ。新卒で入社してすぐ、偶然行ってみた株式投資の勉強会で講師をしていたトレーダーの話が面白くてさ・・・興味をもって勉強をして、働いていた十数年、ボーナスの類は殆ど投資に回していた。爆発的に資金が増えるような投資はしていないけど、長期的に見て確実に利益が出るだろう株を今もいくつか所有してる。それに、両親の生命保険も殆ど俺に入ってきたし・・・そっちには手をつけていないけどな」
と、そこまで言ったところで、稜はくすりと軽く声を上げて笑う。
「それに服なんかはなんだかんだと言ってお前が買ってくるから、殆ど金を使わないで済んでいるし・・・ある意味俺は、お前より衣装持ちなんじゃないか?」
「そうかもな。でもそれは大目に見て欲しいところだな。いいと思う服はお前のものとして買うしかないんだ、俺は普段、ブラック・スーツしか着られないから」
「職業柄」、と稜が面白そうに言う。
「そう、職業柄」、と俺も笑いながら繰り返す。
「・・・今後はもう少し、うまくやれると思う」
暫し2人で笑いあった後で、稜が言った。
俺は黙って小さく、首を横に振る。
うまくやってくれる必要などない。
どんな感情であっても稜が俺を想い、俺の手の届くところにいてくれる、それだけで、十分なのだ。
そう思いながら、俺は手を伸ばして稜の二の腕をとって引き寄せる。抵抗はなかった。
背中を撫で上げるようにしながらその身体を更に深く引き寄せ、唇の皮が触れるか触れないかの口づけを繰り返す。
背骨の形ひとつひとつを確かめるようにして這い上がらせた手でうなじをまさぐり、さりげなく伸ばした親指で耳たぶの産毛をくすぐるようにすると、堪えきれないという風に稜が身じろいだ。
気づかない振りをして、俺はその後もひたすら、核心に触れない曖昧な口づけを繰り返す。
別に焦らそうとした訳ではない。
全くその気がなかったのかと問いつめられたら即答を躊躇ってしまうが、とにかく少しでも性急さや荒さが感じられるようなやり方をしたくなかったのは本当だ。
ここ数ヶ月、まともに稜に触れていなかったし、それに最後、半ば無理強いのようなやり方をしたことを ―― 伊織に無言で詰られるまでもなく ―― 俺は悔やんでいた。
だから今は乱暴な要素が一片もない、ただただ甘くとろけるような快楽だけを、稜に与えたかったのだ。
だが俺のそんな想いは、軽く噛んだ下唇をちろりと舌先で嘗めた瞬間の稜の、
「遊ぶな」
という鋭い抗議の声と、乱暴に掴まれたシャツを引き寄せるやり方と、続く正面衝突じみた口づけで、一瞬にして霧散した。