13 : 哀しき能力
あくる日、太陽が頭上高く昇りきる少し前に部屋に食事を持ってやってきたのは、シュナではなくプリシュニーだった。
プリシュニーが扉を開けて部屋に入って来たのを見た瞬間、ディアウスは顔色を失わせる。
そんなディアウスの前に立ったプリシュニーは、抑揚のない声で告げる。
シュナの母親が昨夜息を引き取ったので、暫くの間シュナはここへ来られない、と。
返事をしようとディアウスは何度も試みた。
しかし声は喉奥で凍りついたようになって、音にはならなかった。
黙って、ディアウスは頷く。
「 ―― 他に何か欲しいものは?」
続けてプリシュニーは尋ねた。
ディアウスはやはり無言で小さく首を振り、それを答えにする。
そんなディアウスを見つめていたプリシュニーはやがて、気味悪そうに、さも嫌そうに、顔を歪めた。
そして言う、「・・・驚かないのね」
弾かれたように顔を上げたディアウスに追い討ちをかけるかのように、プリシュニーは続ける。
「 ―― 分かっていたの?」
凝ったように床に座り込んだままのディアウスを後にして、プリシュニーは部屋を出て行った。
扉が閉められ、鍵がかけられる。
いつもの3倍増しくらいの大きさと冷ややかさを纏った音が辺りの空気を振動させ ―― やがて辺りは、しんと静まり返った。
シュナが再びルドラ王の部屋に顔を出したのは、それから5日余り後の事だった。
出迎えたディアウスに、自分がいなかった間に嫌な思いをしませんでしたか?と心配そうに尋ねたシュナの問いかけの途中で、ディアウスは深く頭を下げる。
驚いて言葉を失うシュナに、ディアウスは全てを打ち明けた。
預知夢によって、シュナの母親の死期が近いと知っていたこと。
知っていたのに、黙っていたこと。
預知を知らせることでシュナに気味悪がられるのが怖かったこと。
そして ―― 今の今まで、もう起こってしまった事は変えられないからと、全て黙っていようかと悩んでいたこと・・・
「謝ってすむことじゃないのは分かってる」
顔を伏せたまま、ディアウスは小さな声で囁く。
「でも ―― 私は本当に怖かった。ここでシュナは私にとても良くしてくれたし、そんなあなたを失うのが嫌で・・・想像するのも怖くて ―― でも、そんな汚い事をしようとしている私をさっきシュナは気遣ってくれて、それで ―― 堪らなくなった。
私はそんな風に気遣って貰える人間じゃない。どういう風に償えばいいのか分からない、こんな罪深い事をしてしまって・・・。本当にごめんなさい・・・、謝ってすむことではないけれど・・・、ごめんなさい・・・」
声を震わせて謝罪を繰り返し、やがて崩れるようにその場に手をついたディアウスを、シュナは長いこと黙って見下ろしていた。
窓の外を飛び行く鳥の甲高い鳴き声が時折沈黙を破ったが、それ以外の音はしない。
ディアウスは頭を下げたままぴくりとも動かず、シュナはその細い肩が時折震えるのを見ていた。
長い沈黙の後、シュナがふいに小さく笑い、口を開いた。
「預知という力が有り得ないほど悲惨な能力だというのは、本当なのですね・・・」
シュナのその言葉に驚いたディアウスが、弾かれたように顔を上げる。
「父が昔、良く言っていたんです。父が言っていた言葉の意味を、私は今になってようやく理解出来た気がします」
「・・・え・・・お父様・・・?」
思いもかけないシュナの言葉に呆然としながら、ディアウスは聞き返す。
シュナはもう一度微笑んでからディアウスの前に座り、そっとディアウスの手をとった。
「私の父はルドラ一族に捕らえられそうになっていた預知者を逃がそうとして・・・それが露見したせいで処刑されたのです。私達は ―― 私と母の事ですが ―― 理解出来なかった。どうして自らの命を危険に晒してまで、呪われた力を持つと言う預知者を助けなければならないのか。
そう尋ねた私に父が答えたのが今の言葉でした。預知という力は、限りなく悲惨な能力なのだ、と」
「・・・お父様が・・・そんな事を・・・?」
はい、とシュナは頷いた。
「だから出来うる限り助けの手を差し伸べたいのだと父は言いました。私達がどんなに止めても、父はそれを繰り返すばかりで、決して預知者を助けることをやめようとはしなかった。私はそれが理解出来なくて・・・。どうしてそこまでしなければならないのかと思っていました。
父の行動のせいで混血の一族からも誹りを受けた事もありましたし・・・、思わず父を恨みかけた事もありました。でも今、分かった気がするんです。父の気持ちが・・・」
「そ、そんな事を言ってもらう資格はない、だって私は・・・!」
激しく頭(かぶり)を振って、ディアウスは叫ぶ。
「いいえ、いいえ、ディアウス様・・・!」
自分を限界まで非難しつくしているディアウスの手を強い力で掴んだまま、シュナは言った。
「激痛からくる苦しみでのた打ち回っていた母が、あんなに安らかに息を引き取れたのはディアウス様から頂いたり、教えてもらって私が作った薬があったからこそです。私はそれを誰よりも知っています」
「・・・シュナ・・・、でも、それとこれとは・・・」
弱々しい声で言うディアウスの手を握る力を緩めないまま、シュナは続ける。
「それに母の死期が近いことは、言われなくても分かっていました。痛みでろくに話も出来なかった私達親子が、最期に色々な話が出来たのはディアウス様のお陰です。それは絶対に、何があっても変わらずに感謝する事実です。母も、そう言っていました。もう直接お礼を言う事は出来ないだろうけれど、ありがとうと伝えてくれと・・・」
きっぱりと言い切るシュナの言葉を聞いて、ディアウスの瞳から涙が溢れ・・・頬を伝って、流れて落ちた。