24 : 不必要なもの
「もぉさぁ、絶対に、無理なんだよ!!」
と、太陽神スーリアが叫んだ。
周りにいたアーディティアの神々は、ちらりと顔を見合わせただけで沈黙を守り、それを見て更にスーリアが声を荒げる。
「毎回毎回、文字通り息も絶え絶え、って感じで帰ってきて ―― 弱まった“気”が回復したらまた挑戦して、また駄目で・・・って・・・あんな事してたら、いつかルドラ王、永遠に帰って来られなくなっちゃうぜ!」
「・・・かと言って、あのルドラ王を、一体誰が止められる?」
と、風神ヴァータが言った。
「ルドラ王がどういう戦神(いくさがみ)なのかは、先の戦で見たとおりだ。我々が側で何を言おうと、ルドラ王の決意と、この事態が変わるとは思えない」
「そんな悠長な事を言ってる場合かよ!?今ルドラ王がいなくなっちゃったら、何もかもが振り出しに戻っちゃうじゃないか!」
「・・・これはあくまでも推測の域を出ないのだが」
と、暁の女神ウシャスが言う。
「最近のアディティー様の動向を見ていると、ルドラ王は今後の世の中の事、果ては自分の神群の事までをアディティー様に色々と頼んでいるのではないかと思う。ルドラ王にも、余程の決意があるのだろう。ヴァータの言うとおり、それを我々が覆す事は困難だ ―― そうは思わないか、スーリア」
「だからって、このまま手をこまねいて見てるだけでいいのかよ!俺は嫌だからな、そんなの!!」
と、スーリアは叫んだ。
そして、だったらどうしようと言うのだ ―― とヴァータが溜息混じりに言いかけたのも、側にいた死者の王ヤマが止めるのも聞かず、スーリアは部屋を飛び出して行ってしまう。
「・・・ったく、どこへ行くんだ、あいつは・・・」
と、ヴァータが疲労の度合いを更に深めたような声で呟き、それを聞いてヤマは笑い、
「決まっている。“一族の母”の所だろう」
と、事も無げに言った。
ヤマの予測したとおり、スーリアが向かったのは“マルト一族の母”と呼ばれているプリシュニーの所だった。
一旦は龍宮殿に帰った彼女だったが、間を空けず再びアーディティア神群にやってきていたのだ。
荒々しい足音と共に目の前に現れたスーリアを、プリシュニーは表情を変えずに見上げる。
「・・・私に何か、御用でも?」
「ああ、そうだよ、御用だよっ」、とスーリアは叫ぶ、「昨日ルドラ王が帰ってきたのは知ってるよな!?」
「ええ、そうらしいですわね」、とプリシュニーは金色に輝く髪の先を指に巻きつけながら答える、「それがどうしたのです?」
「そ、それがどうした、じゃないだろう!様子を見にも行ってないのか!?」
「 ―― 私をお呼びになっていらっしゃるという報告は、受けておりませんから」
指先に毛先を絡みつかせたまま、プリシュニーは答えた。
それはまるで、ルドラ王などには全く興味がないと言いたげな声音だった。
冷淡なプリシュニーの反応に一瞬息を詰まらせたスーリアだったが、気を取り直すように咳払いをしてから、改めて口を開く。
「少し休んで、回復したらまた天地に向かってみるって言ってるんだ。頼むからなんとかルドラ王を説得して、これ以上無茶な真似をしないように、説得してくれ。このままじゃ、いつか絶対に帰って来られなくなる。そうなるとあんたたち一族だって、困るだろう?」
「・・・いえ、別に」
あっさりと、プリシュニーは言った。
そして、信じられない。といった表情を浮かべるスーリアを真っ直ぐに見た。
「我々の一族は“血”で後継を決めない ―― というのは太陽神様、あなたももうご存知なのではありませんの?」
「そ、それは・・・そうだけどさ・・・。それとこれとは関係ない・・・」
「いいえ、関係ない事はありません。“ルドラ王”が死ねば、間を置かずに新しい“ルドラ王”が一族内に転生するのです。我々はそうして転生してきた新たな“ルドラ王”に仕えればいいだけ」
挑むような視線でスーリアを真っ直ぐに見ながら、プリシュニーは言う。
「むしろ、自ら命を捨てに行き、体力を失しているという自らの状況を一族に知られるような行為を繰り返す王など、我々には不必要ですらある ―― “使いものにならなくなった”王など、死んでくれた方がいいのですから」
「・・・それ・・・、まさか・・・、本気で言ってるのか・・・?」
「・・・嘘を言っているように見えますか?」
薄く笑いを浮かべてプリシュニーは言い、その言葉を聞いたスーリアはぐしゃりと顔を歪める。
「じゃあ・・・っ、じゃああんたたちは、今ここにいる“ルドラ王”自身の考えとか、想いとか ―― そういう事はどうでもいいって言うのか!?ルドラが死のうが生きようが、どうでもいいなって言うのかよっ!!」
「どうでもいいとは言っておりません。ルドラ王の生死に関してははっきりと把握しておかねばなりませんし ―― ですから、私はここにいるのです」
「何だよ、それ・・・何なんだよ、それ・・・!お前ら、どっかおかしいんじゃないのか!」
足を踏み鳴らすようにして、スーリアが叫ぶ。
「“ルドラ王”は“ルドラ王”だけど、そういう神名(しんめい)とは別に、ルドラ個人の事とか、そういうのは一切無視って事かよ!どうでもいいのかよ!そんなのってないだろう、ルドラは物じゃないんだ、そんな事も分からないのか・・・!!」
スーリアの叫びに動揺する素振りすら見せず、流れるような動作で立ち上がったプリシュニーはスーリアの脇を通り抜けて戸口に向かった。
そしてそこで振り向き、
「どう言われようと、思われようと、結構ですわ。分かっていただかなくても結構。ただ言えることは、これが我が一族のやり方なのです ―― 今後も決して、変わることはないでしょう」
と、きっぱりと言い切り、そのまま部屋を後にしてしまう。
残されたスーリアは鋭く舌打ちをして力任せに側にあった椅子の足を蹴飛ばし ―― 直後、思いきり顔を顰め、いってぇ・・・。と、忌々しげに呟いた。