25 : 夢は夢として
かつて天地は、天水(てんすい)と呼ばれる水を湛えた広大な天(そら)を眼下に、その空間のあちこちに花と緑で覆われた島々が浮かぶ、幻想的で美しい場所であった。
いや、戦神(いくさがみ)の鬨の声により天(そら)の底がひび割れ、天地両神一族のみ立ち入りを許されている今でも、そこは信じ難いほどに美しい場所だった。
空間に点々と浮かぶ島々のなかでもひときわ大きな島の上に、天地両神一族の城はある。
白銀に輝く繊細で美しい、瀟洒なつくりの建物の中の一室で、プリティヴィーは苛々と落ち着きなく歩き回っていた。
2人の守護神は不安げな主にかける言葉を見つけられず、黙って入口近くに控えていたが、やがてそこにかけられた薄布が揺らぐ。
揺らいだ布の間からディアウスが入ってくるのを見て、プリティヴィーは声にならない声を上げ、兄に飛び掛るようにしてその右肩と左の頬に手をかけた。
「兄さま ―― 1人で天水に入らないでと、あれほどお願いしたじゃないの、ああ、ああ、こんなに冷え切ってしまって・・・!」
「・・・心配性だな、プリティヴィーは、相変わらず」
白くなった唇に笑いを浮かべて、ディアウスは答えた。
「そもそも、この仕事は私にしか出来ない仕事なのだから、そんなに心配しすぎることはないのに・・・、そもそもあなたには私の代わりにアーディティア神殿に残って、アディティーの手伝いをして欲しかった位なのに」
「冗談じゃないわよ」
思い切り顔を顰めて、プリティヴィーが抗議する。
「天神である兄さまにしか天(そら)を創造し(つくり)直せないと決められているのと同様、それを側で見守るのは地神である私の務めなのよ。万一の事態が起きた時、天水の中に入って兄さまを助けられるのは私だけなのに、こんな勝手な事をされては困るわ。どこにいるという伝言さえ残してくれないなんて・・・ ―― 」
「分かった分かった、こんなことはもう二度としない」
くどくどと説教をしかけるプリティヴィーの言葉を遮って、ディアウスは謝った。
「天水を見たのも触れたのも生まれて初めてだったから、どんなものなのか、少し様子を見るだけのつもりだったんだ。でもあそこは予想外に美しくて・・・時間を忘れてしまった。
壊れ果てたものですらあんなに美しいのなら、昔はどんなに美しかったのかと・・・、これが私の代で完成したら素敵だな」
「無茶を言わないで、お願いだから」
盛大なため息をついて、プリティヴィーは言った。
「何代も何代もかけて想像(つくり)直してきたけれど、まだ半分ほどしか完成していないものなのよ?兄さま一人であと全部なんて、どう考えても無理に決まっているじゃない。無理だけはしないでちょうだいね、お願いだから」
「それも分かっている。でも夢を見て悪いという事もない」
と、ディアウスは言った。そして笑う。
「 ―― ところで、プリティヴィー」
「なぁに?」
「アーディティア神殿にいる皆には、頼んだ通り、きちんと説明をしてきてくれた?」
「・・・、・・・ええ、もちろん。大丈夫」
一瞬の半分ほどの間を置いてプリティヴィーは答え、その答えを聞いたディアウスは細めた目で、暫し妹を窺うように見つめていた。が、やがてくすりと小さく苦笑する。
そして、
「それは嘘。派手に喧嘩をしてきたに決まってる」
と、ずばりと事実を看破してみせる。
ぐっと返答に詰まり、次いで、分かっているなら訊かないでよね・・・。という表情を浮かべたプリティヴィーを、ディアウスは面白いものを見るように眺めていた。
しかしそれ以上は何も問いただそうとはせず、ディアウスは踵を返し、濡れた髪を揺らして部屋を出て行った。