26 : 静かな懺悔
それ以降、ディアウスが地上で起きている事柄について ―― アーディティア神群の神々についても、もちろんルドラ神群についても ―― 尋ねることはなかった。
ディアウス以外の天地両神一族の神々は大地(たいち)と天地(てんち)を行き来していたし、それをディアウスも当然知ってはいたが、それでもディアウスは下で起きている出来事について知りたいという素振りすら見せなかった。
聞いても誰も何も教えないことを見越していたのもあっただろうし、大地で何が起きているのか知りたいのか知りたくないのか、ディアウス自身、判断がつかないという事実もあった。
プリシュニーに話した、未だ見もせぬ死の恐怖 ―― それが何よりもディアウスを恐れさせていたのだ。
ルドラの傍にいなければ、恐ろしい預知夢に襲われることはない。
自分の存在によって、ルドラの命が脅かされることもない。
ルドラに恋い焦がれ、会いたい気持ちはもちろん、ディアウスの胸の内から消えてはいなかった。
眠れない夜には、のた打ち回りたくなるほどルドラの手指や声が恋しくなることもあった。
けれど一族以外のものとの接触を拒んで天地に住み、自分にしか出来ない仕事を黙々と進めてゆくことがディアウスの渇望を多少薄れさせてくれた。
長く天地にいると、時の流れが分からなくなる ―― 話には聞いていたものの、あれは本当だったのだ、とディアウスは思う。
太陽が常に足元で輝き続けている為、ここでは時の流れが分かり辛い。
そんなゆるやかな時の流れの中、まったりとした重い天水に全身を浸してその底に沈む細かい天(そら)の欠片をひとつひとつ拾い集めて天を創造(つく)り直していると、どこからが現実でどこまでが夢であったのか、その線引きすら曖昧になってゆく気がした。
このまま、全てを忘れられたらいい ―――― 愛したことも、愛されたことも、全て。
そうするのが全ての存在にとって、一番いいことなのかもしれない・・・ ――――
天水の底から遥か遠くの浮島を眺めつつそう思ったディアウスはそこで、ふっとため息をついた。
遠くから微かに、自分を呼ぶ妹の声が聞こえたのだ。
集中しすぎたディアウスが天水に浸かりすぎることを一番心配しているプリティヴィーは、毎回毎回こうして時間になるとディアウスを呼ぶ。
きりがつくところまで作業を進めたかったが(実際はきりなどつきようがないのではあるが)、ディアウスは天水から上がる。
少し小高くなった丘から兄の様子を見守っていたプリティヴィーがすぐにディアウスのそばへと駆け寄ってきた。
温かく乾いた布を持った妹の手が冷たい天水の雫を拭ってゆくのに任せながら、ディアウスは水面のゆらぎに合わせて陽の光が空気中で乱反射する夢のような光景を、ぼんやりと眺めていた。
島影に入った太陽が薄い黄色の光を徐々に緋色に変えて行く ―― いっそ禍々しいと言ってもいい程に美しいその光景をディアウスと共に見ていたプリティヴィーがやがて、そっと兄の腕を引く。
「兄さま、そろそろ行きましょう ―― この時間になるとここら辺は、すぐに冷えてくるから」
「・・・待って・・・、もう少し・・・」
と、ディアウスは言った。
ディアウスの声は囁くように小さく、あと少しでも大きな声を上げると目の前の全てが粉々に壊れてしまうのではないかと、恐れているようだった。
プリティヴィーはそんな兄の様子を伺うように目を細めたが、その顔色が悪くないのを確認し、それ以上強くは言わなかった。
見渡す限りの景色が緋色に染まりきった頃、ディアウスがふいに、
「・・・ごめんなさい」
と、ぽつりと、言った。
「・・・どうして謝るの」
目の前の景色に視線を止めたまま、プリティヴィーは抑揚のない声で訊いた。