思い切り顔を近づけてきた史也をまっすぐに見据え、俺ははっきりと、

「潔く諦めろ」

 と、言った。

 史也は鼻の上に思い切り皺を寄せ、なにそれっ、そんなのアドバイスでもなんでもないじゃん!と、喚いてどすんと椅子に腰を下ろす。
「これ以上ないほど有益なアドバイスじゃないか。無駄な努力をしないですむし、変な画策をして祐二に嫌われるリスクも回避出来る ―― お前のことだ、ちくちくちくちく、水無瀬さんをつついたんだろ」
「さっすが幸太、ご名答!みんなやめろって言ってんのにさ。水無瀬さんがそつなく対応してくれたからよかったものの、普通ならあれ、マジギレされてもおかしくないぞ」
「・・・だって、面白くないんだもん。それにあの人、俺がなに言っても、ぜーんぜん平気な顔してたよ」
 と、言って史也は泡の消えたビールを煽った。

 その光景を想像して、俺は笑う。
 一見冷静で落ち着いた風に見える祐二の恋人が、素直じゃないだけで相当繊細な人なんだろうな、と俺は前々から思っていた。
 恐らく意地でも見せなかっただろうが、内心相当気に病んでいるのではないだろうか・・・。

 そう考えながら、俺は新しく運ばれてきたビールを一気に半分ほど飲み干す。
「・・・まぁそれはともかく、祐二のあの様子を見て横槍入れようなんて考えること自体、俺からすれば有り得ねぇけどな」
「え、どうして?俺から見たらあの2人、全然噛み合ってないように見えるけど」
 と、史也が納得いかないという風に首を傾げたが、その隣に座る健介は、
「あー・・・でもなんか、俺は分かる気がする・・・、かも。幸太の言ってること・・・」
 と、呟いた。
 それを聞いた史也が、胡散臭そうな視線で横を見る。
「ホントにー?5年間も寂しくオヒトリサマの健介がー?」
「うっるせーよ!・・・って言っても、何が、どこが、って訊かれたら、はっきりと言えないんだけどさ・・・、先週末祐二と話してて何度か、あれっ?って思ったんだよなァ・・・」
「あれっ?じゃ全然分かんないよ ―― でもさぁ、つまんなそうな人じゃない、あの、水無瀬?って人。祐二とはイチからジュウまで合わなそうだし、俺との方が楽しく付き合えると思うのになー・・・趣味なんかも全然違うしさぁ、なんか祐二が可哀想」
「可哀想な奴があんなノロケるもんか」
 と、俺が言ったのに、
「え、祐二がノロケ!?」
 という史也の声と、
「あー!そうだ、それだよ、それっ!!」
 という、健介の声が重なった。
「・・・それって?」
「ほら、先週、水無瀬さんが倒れたときだよ。お前もいたよな、史也」
「・・・まぁ、確かにらしくないくらい焦ってたよね、祐二。でも付き合ってる人が目の前で倒れたら焦るのは当然じゃない?」
「そうじゃなくって、病院でさ・・・水無瀬さんがもう大丈夫だってなって、帰る俺たちを祐二が送ってくれたじゃないか、下まで。その時、強引に誘って悪かったなって俺、謝ったんだよ。そしたら祐二、いや、悪いのは俺だからって言うんだよ」
「・・・なんで?祐二は泊まりで出かけてて、あの人がろくに寝てなかったなんて知らなかったんだから仕方ないじゃん」
「俺もそう思ったんだけど祐二の奴、そうじゃない、こういうところに引き出さないとあの人、ああいうカジュアルっぽい格好してくれないから、ついチャンスは逃せねぇって気になっちまうんだよなぁ。って、にやって笑ったんだよ。スーツも似合うけど、ああいう格好もすげぇいいのに、って ―― 今までそういうこと、言わなかったのに」
「あー分かる分かる、時々さりげなくノロケるっていうか、そういうことぽろっと言うんだよな。最初は俺もびっくりしたよ。あんな祐二、初めて見るし」
「うん、確かに。ノロケ方がさりげなさすぎて、一瞬気付かなかったけど」
「無自覚なんだよ、あれは」
「だな。思えば水無瀬さんが倒れる前も、ちらほらそういう発言してたよ。年下キラーだったのに、年上にハマりそうなのか?とか訊かれて、ハマりそうっていうか、ハマってる。とか真顔で答えてたし」
「そういうんなら店でもあるぜ、前にアシスタントたちが偶然祐二たちと会ったらしくて、みんなでからかってたんだよ、格好いいっていうか、キレイ系の人ですね~とかなんとか。そしたら祐二の奴、うん、でも結構かわいいところもあるんだよ。とか答えててさ。後でアシスタントたちも、ホント、あれは、相当好きなんですねーって言ってた」

 と、笑いながら祐二のノロケエピソードを披露しあう俺たちを横目に、史也は自棄のような勢いで唐揚げを食べながら、
「そんな話が聞きたいんじゃないし・・・それに可哀想っていうのは、祐二が無理してあの人に合わせてるって意味だよ。祐二と大菩薩に行ったとかあの人、自慢げに言ってるしさぁ・・・」
 と、ぶつぶつと文句を言う。
「・・・大菩薩?祐二が?」
 と、健介が驚いて繰り返し、そこで我が意を得たりとばかりに史也が再び活気を取り戻して健介の腕を掴む。
「そうそう、そうなんだよ!健介だってあり得ないって思うでしょ!?あの祐二が今更大菩薩だよ!?登山どころかハイキングじゃん!!」
「・・・んー・・・確かに祐二にしたら物足りない山だろうけどな。ま、そういう問題じゃないんだろうなぁ・・・」
「そういう問題じゃないって、なにがっ!?」
「ん?だから、好きな人とならどこに行っても楽しいんじゃないのかってことだよ」
 きゃんきゃん吠える史也に対し、嫌気ひとつ見せずに健介はおっとりと答える。
 だが人のいい健介と違い、さすがに少々イライラしてきていた俺は、ぐっとテーブルに身を乗り出し、
「そうそう。あのな史也、何を賭けてもいいけど、今の祐二は大菩薩どころか乃木坂登ったって楽しいと思うぞ、水無瀬さんと一緒ならな」
 と、力強く断言してやる。
 乃木坂!確かにー!と爆笑する健介と俺を暫し、憮然とした顔で見ていた史也が、トイレに行ってくる。と荒々しく席を立つ。
 その後ろ姿がトイレの方向に消えるのを確かめてから笑いを納めた健介が、
「あの様子じゃ当分諦めそうにないな、史也の奴・・・妙なことにならないといいけど」
 と、心配そうにため息をつく。
「大丈夫だろ」
 と、俺は軽く答え、追加で食べるものを頼もうとメニューを手にする。
 健介はそうかなぁ、と不安そうだったが、俺は本当に、特に心配はしていなかった。

 もちろん史也がやりすぎれば、祐二は怒るだろう。そのことで友人関係は多少ごたつくかもしれない。
 しかしそれは史也と祐二がそれぞれ考えて対処すればいい問題だ。
 だがそれはそれとして、史也の攻撃であの強固な精神的城壁を築いていそうな祐二の恋人が弱ることがあれば、祐二はそのフォローには喜び勇んであたるだろう。
 今日休みを代わってくれと言ったのも、弱り気味の恋人を家でじっくり堪能しつつ、甘やかし、構い倒したいからだったに違いない。

 そう考えた俺は開いたメニューの陰で、思わず笑ってしまう。
 恐らく微妙にやにさがって出勤してくるであろう祐二を明日、どうやってからかってやろうかな、とあれこれ想像を巡らしながら。

―――― 終る夏、夕陽の窓 オマケ短編
あなたがそこに、いるだけで END.