12 : 熱い嵐
声を呑んだところで、あげてしまった声は消せない。むろん。
恥ずかしい、と思った。
こんなことではどう見ても、こういう事をし慣れているようには見えないだろう。
というか、いかにもこういう場面に慣れ尽くしている様子の(食事するとかは勿論、今しているみたいな事だってそうだ)香椎先生相手に、そんなフリをしようとしたのが間違いだったのかも知れない・・・。
「実に可愛いな、直は」、と微笑んだまま ―― 未だ閉ざされた俺のその場所に、指先を這わせながら ―― 香椎先生は言った、「なるほど、患者や同僚に絶大な人気があるのも頷ける」
「・・・え・・・?」
「どんなに必死になって口説いてみても、君は全然なびかないんだとか、告白して見事玉砕して、影で泣いてる人間が山程いるんだとか・・・そういう噂をあちこちで聞くもんな。
むろんまさか君が同性にしか興味がないとは思わないだろうが ―― 君にこんな事をしたって知られたら俺は、後ろから刺されるんじゃないか?」
彼は話しながら微かに指を動かしていて、その動きに合わせて大袈裟な喘ぎ声を上げてしまいそうになる。
それを必死で飲み込みながら、俺はなんとか言葉を紡ぐ。
「・・・な、んですか、それ・・・そんなの、全然、ない、ですし・・・」
「ふぅん。気付いていないのか」
「そうじゃなくて、それはただの噂・・・っ、あぁっ・・・!」
堪えきれずに、俺は叫ぶ。
さりげない動作で動いていた彼の指の先が唐突に、ほんの少し、俺の内部に潜り込んできたのだ。
「火のないところに煙は立たない、ってね。気付いていないのなら、それは厄介だな。異性に興味がないというのなら、それも致し方ない、ってところだろうが ―― そういう自覚は、持っておくに越したことはない」
「・・・あ・・・っ、んんっ、あぁ・・・!」
ほんの浅い部分とはいえ、指先で体内をまさぐられ、俺は喘ぐばかりでもう何も答えられない。
彼が触れている所から生じる微弱な電流が、身体中を駆け巡っている気がした。
恥ずかしい、でも、気持ちいい ―― けれどやがて俺は、そんな微かな刺激では満足出来なくなってゆく自分に気付く。
彼の指は未だ後孔のごくごく浅い部分に触れているだけで、それ以上深く入り込んでこようとはしなかった。
時折指先に力が込められるのを感じて、そんな小さな変化にすら反応して震える俺の身体の動きまで計算しているかのように、彼はそれ以上のことをしてこない。
意地悪く焦らすような彼のやり方を怖いと思う反面、彼に触れられている場所から、どうしようもないほどの激しい欲望が沸き上がってくる。
優しく擦り上げられるたび、快感への期待に震える身体を一番近いところで見て、触れている彼にも、それは当然伝わっているに違いなかった。
彼の指は技巧と表現するに足るような動きで俺の快感を煽り立て、そうかと思うとぎりぎりのところで快感の芯を避けてみせる。
やがてどうにも堪らなくなった俺が助けを求めるように伏せていた目を上げてみると、彼は満足気に微笑んでいて ―― その微笑みには明らかに、彼が俺のこれまでの反応を見て楽しんでいたのだという事実が透けて見えた。
「・・・、・・・先生・・・」
と、俺は呟く。
「・・・もっときちんと、触って欲しいんだよな」
と、香椎先生が訊いた。
多分自分は今、物凄く貪欲で物欲しそうな目をしているのだろう・・・。
そう考えながら、俺は頷く。
小さく。
けれど、きっぱりと。
もっと明確な返事をしろなんて言われたらどうしようかと思ったけれど、彼はそんな事は言わずに身体を起こした。
俺に覆いかぶさっていた彼の身体と、秘所を嬲っていた指が離れて行った途端、俺は反射的に空虚感のような想いを抱いてしまう。
今の今まで、彼のやり方に恐怖めいた気持ちさえ抱いていたというのに。
俺は一体、何をどうされたいって言うんだろう?と自嘲気味に考えかけた、その次の瞬間 ―― 秘所にとんでもない感触を感じて、俺は悲鳴を上げてしまう。
腰のカーブの角度を確かめるような、そんな動きで俺から下着を取り去っていった彼が、空気に晒されたその場所に予告なく口付けたのだ。
「・・・っ、ちょ、先生・・・!やめて下さい、そんな・・・っ、い、やぁああぁ・・・っ!!」
これまで幾人かとこういう経験をしてきたけれど、そんな場所をこんな風に唇で弄られたことはなかった。
初めてのその感触、信じられないその行為に、思考回路が一瞬にして混濁してゆく。
慌てて必死の抵抗をしてみるも、俺の腰を押さえつける彼の手に込められた力が緩められる気配は微塵もない。
しかもそれまでの焦らすようなやり方が嘘のように、彼の温かい舌は容赦なく俺の肉茎を嬲り、次いでその奥へと潜ってゆく。
それはまるで、俺の全てを ―― 俺の弱い部分やそのやり方を ―― 知り尽くしているような動きだった。
ざらりとした感触だった舌がぬめぬめした質感を帯びるのにそう時間はかからない。
次々とわき起こる強烈なまでの驚愕が、すぐさま同じ強さの快楽に変換されてゆくのを、俺は絶望的な思いでもって感じていた。
時折立つ低い水音が、更に俺を混乱の極みに追い詰めてゆく。
「・・・あ・・・い、や・・・あぁあっ!」
ぬめりを帯びた彼の舌が、同じぬめりを帯びた場所を容赦なく這い回る。
そっと舐めていたかと思うとふいに強く吸われ、まるで偶然のようなさりげなさで淡く歯がたてられる ―― それを飽きる気配なく、繰り返される。
その度に快感の強さは否応なく、止めようもなく、高まってゆく。
俺は、壊れてゆく。堕ちてゆく。
そう、思った。
唇が震え、骨という骨が軋み、身体中の細胞が悲鳴を上げているのが聞こえる。
こんなやり方にはもう、とても耐えられない ―― そう思った時、彼が屈めていた身体を起こした。
その様子を霞んだ視界で捉え、ほっとしたのも束の間、その場所に再び彼の指が戻ってくる。
指は異様なまでにゆっくりとした速度ではあったが、先ほどのように表面で止まることなく、奥へと差し込まれてゆく。
最初は1本だけ、俺の中の感触を確かめるようにしてから、2本目の指が1本目の後を追うようにじりじりと侵入してくる。
最初に俺の心を捉えたあの綺麗な先生の指が今、俺のひくつく体内を撫でるようにしているのだと想像すると ―― なんとも言いようのない焦りのような気持ちが込み上げてくる。
2本の指が奥底に辿りついたのと同時に、身体をずらした彼の唇が俺の胸の頂きを捉えた。
硬くしこった胸の突起を舌で転がされ、秘部を嬲っている指の動きは激しさを増してゆく。
「あっ・・・、・・・あぁあああっ!」
ざわざわと皮膚の裏側が踊り出すような感覚。
きつく閉じた瞼の暗闇で、銀色の光が爆ぜる。
「とりあえず、いっていいよ。ほら」
と、低く、くぐもった声で、彼が言った。
鼓膜を打つ、低い彼の、命令の声。
その言葉の意味を理解する前に、熱い嵐が抗う間もなく、俺を飲み込んでいった。