13 : 無言の命令
蠢き続ける体内から、差し込まれたのと同じ速度で指が抜き取られてゆく。
荒く弾んだ呼吸は容易に収まらず、身体を覆う熱は達した瞬間と同じ熱さで皮膚の裏側を焦がし続けている。
どうにもいたたまれず、視線をあげられないでいる俺に、香椎先生が強引に口づけてくる。
唇を合わせながら、先生の手がそっと俺の肘の裏側のラインを辿った。
一度高められた身体は、その何という事もない先生の行動にも過敏な反応を示してしまう。
自分が示している余りに激しすぎる反応が恥ずかしくて、唇を離されたと同時に顔を逸らそうとしたけれど、顎に添えられた先生の手によって引き留められ ―― 俺は仕方なく彼に視線を戻した。
一連の俺の反応を見ていた彼はきっと・・・いや絶対に先程と同様の、薄い笑みを浮かべているのだろうと予測しながら。
しかし俺のその予想に反して、彼は笑っていなかった。
無表情ではないけれど、真剣というのとも違う ―― 何だろう、どこか不思議そうな、訝しげな、とでも言うのだろうか ―― 彼の顔に浮かんでいたのはそんな、非常に不可思議な、一言では言い表せないような表情だった。
不思議に思った俺が口を開く直前、彼は予想していた通りの、唇の端だけを歪めたような笑いを浮かべた。
その笑いを目にした刹那、問いかけようとした言葉は音になる前に、その内容すら判らなくなるほどに細かく、砕け散ってしまう。
「 ―― そんな顔をするな」
顔を近づけてきた香椎先生が、囁くように言う。
彼の熱い吐息が俺の唇を撫でる。
「え・・・?」
と、俺は唇を動かさずに訊く。
唇を動かして喋ると、触れ合ってしまいそうで怖かった。
キスは勿論、彼のあの綺麗な指で高みに押し上げられた直後だと言うのに、何を怖れているのか自分でも分からなかったけれど ―― 何となく今は、自分から唇を触れ合わせない方がいいような気がしたのだ。
「まだ、何も終ってない。始まってさえいない。分かっているか・・・?」
そう言った彼の唇の皮膚の表面が微かに俺の上唇に触れ、その接触を押し潰すようなキスをされた。
唇の輪郭を滅茶苦茶に崩されるようなキスをしながら、彼の右手が俺の腰を押さえつけ、左手が俺の右の太腿の裏側から差し込まれる。
軽く立てられた爪が太腿の内側をなぞり、下腹部に彼自身が押し付けられ ―― その熱と堅さを感じたのと同時に、どくりと身体中の血管が波打った。
「・・・は、ぁ・・・んっっ・・・」
僅かにあいた唇の隙間から喘ぐと、彼はそれも許さないとばかりに更に深く俺の唇を奪う。
そんなキスを続けているうちに、彼が着たままでいるバスローブが突如ひどく邪魔なものに思えてきて、俺は数瞬(多分4、5秒くらい)の躊躇いの後、そろそろと彼の腰に手を伸ばしてゆく。
見ないままに、俺のその動きを感じたのだろうか。
唇を貪っている彼が再び、笑ったような気がした。
俺はギクリとして手を止めてしまったのだけれど、腰に宛がわれていた彼の手が、行き先を見失った俺の手首を掴んで引いた。
無言で命じられるまま、おかしいほど震える指先で彼の腰帯を解いてゆく。
帯を解き終えると、押さえをなくしたバスローブのつるりとした布が腹部から脇腹にかけてを撫でてゆき ―― そんな感触までもが快感になるのが、信じられないと思う。
手首を掴む彼の手が“それから?”と尋ねるように離され、求められるそのように、俺は彼の右腕からバスローブの袖を抜き、次にやはり覚束ない反対側の手を伸ばしてバスローブの布地を引く。
まどろっこしい位に時間をかけて彼の身体から離れたバスローブが、微かな衣擦れの音と共にベッドの上に落ちてゆく。
心臓が悲鳴を上げるほどに、鼓動を早めているのが分かる。
身体を起こした彼が少々乱暴じみたやりかたで更に高く俺の右の太腿を抱え上げ、その行動によって右半身だけがシーツから浮き上がった。
けれど彼の乱暴な所作や自分がどんな格好をさせられているかなど、そういう事に考えを及ばせる余裕は、俺にはもうない。
脳裏を支配するのは、ただひとつ。
今までに一度も感じた事のない、熱い熱い疼き。
身体の中心の奥深くで蠢く、言葉に出来ない、出来たとしても口に出せないであろう、どうしようもないまでにもどかしい狂おしさだけだった。
身体の中心が沸き立つような気がして、叫び出しそうになった、その時。
潤みきった俺の入り口に、熱いものが押し当てられる。
「・・・あぁあ・・・っ・・・!!」
反射神経的に身体が跳ね上がり、先端で広げられた体内が、波打つようにうねる。
そのうねりに彼自身がぴくりと反応し、それを感じた途端、じわりとその場所から身体が溶けてゆくような感覚があった。
「あ、ん、んん・・・っ、あ、あぁああ・・・っ!!」
じりじりと、少しずつ、彼が進入してくる。
身体中でどこよりも繊細な部分がゆっくりと ―― しかし確実に割り広げられてゆく。
信じ難いまでの圧迫感に支配され、声すら上げられない。
苦しかったけれど逃げるどころか身動きも出来ず、まともに呼吸すら出来なくなる。
彼が入り込む深さが増すたび、声を出せないで苦しむ俺の代わりをするかのように、繋がった場所が震える。
その狭間で時折香椎先生自身が震え、高ぶってゆく ―― その感覚だけが、異様なまでにリアルだった。
半分ほど自身を埋めた所で、長めの息を吐いた彼の手がつと下に滑って来て、割り広げられた場所を撫でた。
「・・・っ、は、あぁ・・・」
彼の指先がその場所を這った瞬間に生まれた快感に反応して、麻痺していた声帯から掠れた声が絞り出される。
上がった声は、とても自分の声のようには聞こえなかった。
「・・・きっついね・・・、もう少し、力抜けない?」
「・・・ん・・・、す、すみませ・・・」
と、俺が謝りかけたのを、
「いや別に、謝る事じゃないけどさ・・・」
と、先生は少し笑いながら遮り、巻き込まれる様になっていた入り口の肉を撫でるようなやり方でかき広げる。
「というかむしろ、褒めているんだけどね・・・」
吐息交じりの掠れかかった彼の声を聞いた瞬間に、彼を包み込む俺の内部がこれまでにないほど、複雑に収縮する。
それに乗じるように、彼が一気に深く、入り込んでくる。
「あっ、ああああ・・・っ!」
限界まで埋め込まれた彼の先端で深部の壁を強くこすりあげられて成す術もなく、俺は再びひとり、高い所に手をかけてしまう。
余韻に浸る間もなく直ぐに突き上げられるのだろうと予測して身構えたのだけれど、彼は俺をそれ以上責める事はせず、逆に俺から抜け出てゆく。
これ以上、更にじらそうというのか ―― そうも思ったけれど、俺の体内を深く穿っている彼自身にそれほどの余裕がなさそうなのも、分かっていた。
不思議に思って顔を上げてみると、俺を見下ろした彼は微かに困ったように、笑った。