28 : おろされた鍵
「せ、先生・・・!何する、 ―― っ!」
壁に押しつけられるのと同時に素早くズボンの前がくつろげられ、驚いて叫んだ俺の口を、先生の手がきつくふさぐ。
「騒ぐんじゃない。こんなところを、誰かに見られてもいいのか?」
脅すようにそう言われて口をつぐんだ俺の下肢に、先生の手が伸びる。
「・・・っ、・・・!!」
下着の上から自身を押さえ込むように刺激され、こんな状況だというのに反射的に、甘い痺れが背骨を伝う。
でもその痺れと共に考えてしまうのはやはり、三田村さんの事だった。
先ほどの先生の口ぶりからすると、三田村さんは先生の恋人という訳ではないのだろうか。
と、いう事はつまり、三田村さんは俺と同じく、先生とは身体だけの関係ということなのか。
まさか、と俺は実際に首を振るような勢いで、胸に生じた可能性を否定する。
俺は三田村さんと、そう親しい間柄ではない。話した事はあるけれど、ほんの挨拶程度だ。
ただ彼女は俺と同じ科のカウンセラー室長(坂上さんの上司だ)と仲が良く、たびたび2人が院内で話しているのを俺は見ていた。
とてもじゃないけれど三田村さんは“一度だけでいいから”などと言って、男性に迫るようなタイプには思われなかった。
そう、だからこそ俺は、三田村さんが香椎先生の本当の恋人だと思っていたのだ。
でも・・・、人は見かけによらないと言うし・・・。
実際俺だって先生とこんな関係になるとは思いもしなかった訳で、三田村さんが絶対にそういう行動に走らないなんて、そんな事は断言出来ない。
けれどやっぱり、どうもしっくり来ない・・・ような・・・・・・。
そうじゃないといいな、という願望が強いから、こんな風に考えてしまうのだろうか・・・ ―――― ?
そこまで考えた時、先生の指がふっと下着の中に潜り込んでくる。
はっと物思いの渦から逃れた俺は、出来る限り身体を捩って悪魔のような先生の手管から逃れようと抗う。
「先生・・・!本当に誰か入ってきたらどうするんですか・・・もうやめて下さい、・・・!」
「 ―― 鍵はかかってる」
「え・・・、そんな、いつの間に・・・」
「さっき君をここに引き込んだ時にかけたんだよ。気付かないのがおかしいんだ」
と、香椎先生は言った。
「だから後は、君が余り大声で鳴かなければいい」
「な ―― っ、そんな、やめ・・・ ―― って、や、ぁあっ・・・!」
「大きな声を出すなって、今言った」
平坦な声で先生は言い、言いながら、下着の中に差し込んだ指で俺の肉茎を絶妙なタッチで刺激する。
「ん、ぁんん・・・・・・っ・・・!」
俺は上がろうとする声を必死に堪え、唇を噛む。
彼の指は普段の数倍増しの巧妙さと激しさをもって裏筋を撫で上げ、先端を弄ってくる。
彼の手から少しでも逃れようと強張らせていた身体の力が、みるみるうちに抜けてゆく。
いつもと違って彼の指の動きに俺を焦らす意図は一切感じられないとはいえ、彼の手で触れられただけで簡単に熱くなってしまう自分自身が情けなかった。
「ふ・・・、・・・ぁあ・・・っ・・・!」
薄く滲みだした先走りの僅かな潤みを纏わせた彼の指先が、俺の秘肉の間に潜り込んでくる。
俺の内部がざわざわとざわめきながら乱暴な侵入者を包み込み ―― 身体の中心部から沸き起こる快楽が、波紋のように身体中へと広がってゆく。
彼が小さく指先を蠢かせたり、ひくつく肉を撫で上げる度、波はどんどんその大きさと力を増してゆく。
とりかかりのない白い壁についた俺の手が小刻みに震え出したのを見て、彼が俺から手を引いた。
荒くなってしまった呼吸を少しでも堪えようと努力しながら、俺はそのまま立っていた。
これで終る筈がない事は、勿論、分かっていたから。
金属が擦れる微かな音と、衣擦れの音がして、それから少し間があった。
それ程長い間ではなく、すぐに今よりもっと深く、強く、腰が後ろに引き寄せられる。
それからすぐ、解された後孔に熱くて固いものが押し当てられる。
続くであろう熱い衝撃を予測した俺が息を呑み、強く目を瞑った ―― 次の瞬間。
彼は、この状況に全くそぐわない飄々とした声で、
「ああ、そういえば、君に聞きたい事があったんだ。忘れるところだった」
と、言った。
俺は驚き、反射的に首を曲げて振り返り、彼を見る。
当然視界にはとんでもない光景が飛び込んで来る訳で、俺は自分が今いる状況に対して恐怖心のようなものを覚える。身体が震えてくる気さえした。
そんな俺に構うことなく彼は、
「君さ、今日の仕事が終わったら、どこに行く予定なのかな」
と、尋ねた。
「えっ・・・?」
俺は一瞬、今自分が置かれている状況を忘れて訊き返す。
今日の仕事が終わったら、どこに行く予定なのか・・・って、なんだそれ、一体どういう意味なんだ?
日勤の後の深夜勤務だったから、朝は申し送りを終えたら直ぐに帰れるだろう。
それが、どうしたというのか。
まさか朝から会おうなどと言う話 ―― な訳はないよな・・・?
半分高揚しかけた身体と頭でいくら考えてみても、先生が何を目的としてそんな事を訊くのか、俺には分からなかった。
すっと細めた目で俺を見ていた先生はやがて、右の眉を微かにたわませて苦笑し、全く油断ならないね、君は。と呟いて顔を反らす。
更に訳が分からなくなる俺に改めて視線を戻した香椎先生が、
「君が勤務を終って姿を見せるまで、いつまでも、ずっと、待っている方がいらっしゃるんでしょう。外の喫茶店で」
と、言い ―― そこでようやく、俺は休憩室で陽介とのやりとりを先生に聞かれていた事を知った。
先生にこの部屋に引っ張り込まれた瞬間にすっかり記憶の彼方に押しやられていた悦郎との約束も、同時に思い出す。
「えっと・・・、その・・・、聞いてたんですか・・・」
どうしようもなく頬が赤らんでゆくのを感じながら、俺は言う。
俺が過去に付き合っていた男の人に捨てられたなんて話を、よりによって香椎先生に聞かれるなんて、恥ずかしすぎた。
「まぁね ―― で?」
と、先生は言う。
「・・・え?で、って・・・?」
「もうとぼけても無駄だから、言っておくけど」
「とぼけてなんかいませんけど・・・」
「じゃあ答えて下さい。今日の勤務明け、どこに行くんだ?」
「・・・あ、あの・・・っ、あ、ぁんんっ・・・・・・!」
秘肉に押し付けられた先生の先端が、浅く俺を抉る。
前に回された手で刺激され続けている俺自身の先端から、じわりと先走りの液体が溢れ出してゆく感覚。
つい先程まで先生の指で嬲られていた後孔の内部が、ざわざわと蠢いているのが分かった。
膝が震え、崩れ落ちそうになった俺の腰を、先生の腕が支える。
それと同時に崩れ落ちまいとした自分の腰の動き ―― それは偶然を装って先生を迎え入れようとする、無意識の行為であった気がした。
何故ならそれを察した先生がすっと身体を引いた刹那、貫かれる喜びを待ち望んでいた俺の内部が悲しげにうねったような気がするから・・・ ―――― 。
「・・・っ、や、だ・・・っ・・・!」
「嫌?答えられないって事かな?」
「・・・っ、そ、じゃなくって・・・っ」
「・・・そうじゃなくて・・・?」
と、言った先生が、再び俺を抉る。さっきよりも、ほんの少し深く。
「ん、ぁあっ・・・!」
びくりと、身体が勝手に波打つ。
彼は俺の身体が震えるのと同時に身体を引き、少し落ち着きかけた所で再び俺を浅く抉る行為を繰り返す。
徐々に、少しずつ、深さを増しながら、何度も、執拗に、何かを確かめるみたいに。
身体が、どんどん熱くなってゆく。高まってゆく熱が、思考の導線を次々に焼ききってゆく。
何かをまともに考える事が出来ない。
感じるのはただ、後孔に押し付けられている先生自身の灼熱と猛々しさだけだった。