7 : ココハドコ
2人でワインを1本空にした頃から、幾分まともに話せるようになった ―― 気がする。
香椎先生は相変わらず俺が何か言う度に(別に特別面白い事を言ってるつもりはないのに・・・)笑っていたけれど、目の前で笑顔を見せられても、最初ほどはドキドキしなくなった。
まぁそれは飽くまでも“最初に比べたら”という話で、他の人と話す時の1.5割り増しくらいにドキドキはしていた。
以前どこかで、“心臓が一生に鼓動出来る数はどんな生物においても大体共通であり、日常的に激しすぎるスポーツをしたりする人は早死にする確立が高い”とかいう記事を読んだ事がある。
もしそれが本当なら、今日だけでだいぶ寿命が縮まったに違いない・・・。
そして、その後 ―― そのレストランを出た後、俺は・・・ええと・・・、どうしたんだっけ?
いや、全然覚えてないとか、そういうんじゃない。
覚えてはいる。
・・・・・・ところどころ、ではあるけれど。
なんだか妙に楽しかった・・・というか、はしゃいでいた記憶が、うっすらとある。
秋元って、病院で見て、想像していたイメージとは大分違うよな。とか言われたのも覚えている。
想像してたのと違うって、病院での俺ってどんなイメージだったんですか?などと香椎先生に迫っていた・・・というより、絡んでいたのも。
そして、それから・・・・・・ ―― それから ――――
・・・・・・それから・・・・・・。
―――― それから。
はっと意識が覚醒したのと同時に目に飛び込んできたのは、物凄く趣味の悪い布の海だった。
なんだこれ、趣味悪い・・・・・・シーツ・・・・・・?
こんなシーツをベッドにかけようと思う人の気が知れない・・・。
こういうのって、一体どこで買うんだろう?
これが売れたとき、店員さんはさぞかし嬉しかっただろう・・・店のお荷物みたいになっていた在庫が、ようやく処分できた、って・・・・・・。
そう思いながら、強まってきた眠気に再び瞼を閉じかけた俺だったのだけれど ―― ここでやっと、自分が身を置いているこの状況が、明らかに異常である事に気が付いた。
そもそも見覚えのないシーツの上に寝ているということ自体、おかしすぎる。
そんなこと、最初に気付けよ!というレヴェルの話ではあるけれど。
・・・一体全体、ここはどこなんだ?
なんだか嫌な予感がするようなしないような気分になりながら、横に向けていた視線をそろそろと天井に向けてみる。
すると・・・ ――――
! ! ! ! ! ! !
な、なんと驚く事に、そこで俺はばっちりと、自分自身と目が合った。
俺はここにこうして寝ているというのに、天井にも俺がいるのはどうしてなんだ!?
飲みすぎて幽体離脱!?
もしかして帰る途中、交通事故にでも遭って・・・オダブツ!?
・・・そんな訳がない、そんなことであるはずがない!!
天国が花畑じゃなくって、こんな趣味の悪い布張りの世界だなんて、絶対に嫌だ!!
お、俺は一体、どうしちゃったんだ・・・?
っていうか、ここはどこなんだ!!
どんどん覚醒してゆく意識の中、よく見ると趣味の悪いのはシーツだけでなく、部屋の趣味も同様だった。
壁一面、大理石やら透かし彫りの入ったガラスやらが、ポリシーもへったくれも、何もありません!と言わんばかりに貼り付けられていて・・・ ――――
しかも、意識がはっきりしてようやく分かったのだが、天井・・・天井に、鏡・・・っ・・・。
天井が何故か、鏡張りになっているのだ・・・!
幽体離脱でもオダブツでもない、鏡に自分の姿が映っているだけだったのだ・・・!!
ここは ―― ここは ―― ここは一体、なんなんだーーー!!!
パニックに陥りつつ慌てて上半身を起こした俺は、更に、更に、更に驚くべき光景を目にして凍りついた。
この驚きに比べたら趣味の悪いシーツや、大理石やガラス貼りの壁や、鏡貼りの天井なんて少しも驚くに値しない。
部屋の内装にしっくりと馴染む(つまり趣味が悪い)オレンジ色のソファに座り、手にした分厚いファイルに目を落としていたのは ―― 俺が身体を起こしたのに気付いて顔を上げ、もう大丈夫?と訊いてきたのは ―― 他の誰でもない、香椎先生、だったのだ・・・。
俺は驚きの余り呼吸を止めて(もしかすると心臓すら、その鼓動を止めていたかもしれない)香椎先生を見ていた。
彼は手にしていたファイルをぱたんと閉じて脇に置き、
「具合、悪くないか?顔色は問題ないみたいだけど」
と、言って立ち上がる。
「・・・っ、・・・いえ、俺は大丈夫ですけど・・・、あの、香椎先生、ここは一体・・・?」
と、言った俺の問いを無視して香椎先生は壁に埋め込まれた冷蔵庫の扉を開けて中を覗き込み、何故かちょっと苦笑して肩を竦めてからヴォルビック水のペットボトルを取り出した。
そしてゆっくりとした足取りで、俺が座っているベッドの側にやって来る。
ベッドの脇で足を止めた香椎先生は手にしたペットボトルを俺に差し出し、
「もう大丈夫そうだけど、一応水は飲んでおいたほうがいい」
と、言った。
「はぁ・・・、ありがとうございます・・・」
と、俺は礼を言い、差し出されたペットボトルを受け取る。
「次に、ここはどこかという話だけれど」
と、香椎先生は戻って行ったソファに腰掛けて、
「ここはですね、新宿は歌舞伎町にあるホテルです。更に付け加えるならば・・・、まぁこのいかにもな内装をご覧になれば、わざわざ言うまでもないでしょうが ―― と、言って香椎先生は右手で適当に部屋中を指し示すようにした ―― いわゆるラブホテルってやつですよ、“直くん”」
と、言った・・・。