Fight C Luv

3 : 混迷の際で

 それからの俺たちの関係を、どういう風に表現すればいいのだろう。
 いくら考えてみても上手く言葉に出来ないのだが、掴みどころのない、非常に曖昧なものであった事だけは確かだ。
 とにかく彼は俺が今までに付き合ったり関係を持ったりした相手と、何から何まで、全てが、ことごとく違っていた。

 あの夜以降、彼は俺が誘うと大人しくそれに乗って来たが、ただそれだけだった。
 連絡先を教え、連絡してきてもいいと言ったにも関わらず、彼から一切電話はかかってこなかったし、最初の一件を除いて彼から誘いをかけてくる事など一度もなかった。
 何だか悔しくなって(これでは俺が独りで必死になっているみたいじゃないか ―― いや、“みたい”どころではなく、どう見てもがむしゃらになっているようにしか見えないだろうよ・・・。と、自分では思っていた)、暫く連絡を入れないでみると、全てが綺麗に死に絶えたみたいに何もなくなってしまう。
 それで結局2週間も時を置かずに俺から連絡を入れてしまう、という・・・我ながらこれはどうなんだろう?というか、彼がどういう気持ちでいるのか、まるで掴めない。

 一見すると恋愛に不慣れなように見えなくも無いのだが、そうかと思ってちょっと踏み込んでみようとすると、するりと身をかわして俺の手の届かない所に逃げて行ってしまう。
 その身をかわすタイミングがまた実に見事で、それだけを見ると恋愛に不慣れなのだろうか?などという印象は噴出してしまいたくなるくらい、似合わない形容に思えた。

 どうしようもなく逸りそうになる自身と、そんな事をしたら彼が永久に手の届かない所に去って行ってしまうのではないかと言う恐れ ―― いや、正直に言えばそこにはプライドとか、そういうのも関係していたと思う。

 今まで一度として他人に弱味を見せた事などなく、完璧に自己プロデュースした後の自分しか表に晒してこなかったこの俺が、自分を愛して欲しいと他人に膝を屈するなど考えられなかったのだ。
 自分が選んだ相手の周りにじわじわと隙のない包囲網を巡らせ、最後に当の相手が(この場合は秋元直だが)俺の事しか愛せない、俺を選ばざるを得ないような環境を作り出す、そういうやり方をするのが一番スマートな方法であると思い込んでいた。
 そして俺はこの世の中に、その包囲網を何らかの方法で何の抵抗もなくかいくぐって出て行ってしまう人間がいるなどとは想像もしていなかった。

 後に全ての真実が明らかになった時、自分がプライドだと思っていたのはプライドなどではなく、好きになった相手に愛して欲しいと心の中で跪くのは弱味を見せる事などではないのだと理解するのだったが、この時点では200%、そんなのに気付きはしなかった。

 仕事が忙しくて中々彼と会えず、病院で偶然側に来た彼にろくでもないちょっかいを出してみたり、彼が他の男と会うと言う話を小耳に挟んで事の真相を聞きだそうとしてみたり ―― しかもその時、彼はあの三田村圭子と俺との関係について趣味の悪すぎる冗談を言って暴走しそうになっている俺を牽制してみせたりするのだ。
 これには思わず病院内で勤務中だなどという現実が頭からすっ飛んでしまい、“ちょっかい”どころでは済まされない事をしでかしたりまでした。
 我ながら全く、つくづく、とんでもないと後日、果てしない自己嫌悪に陥ったりしながら、俺は心の底を彼に悟られてしまわないよう、可能な限り飄々とした風を取り繕って彼を挑発し続けていた。

 ―― と、ここまで書いて、書いて来たものを読み返してみると、自分がいかに愚かしい行動を繰り返していたかがとてもクリアに見えて来る。
 必要以上にクリアに自覚出来過ぎて(とはいえ、やはりこうなった責任の一端は彼にもあるとは思うのだが)、思わず顔が赤らんでしまう程だ。
 が、むろん、当時俺としては、真面目すぎるほど真面目に、必死だったのだ。

 そんな風に馬鹿馬鹿しい一人相撲的な駆け引きをしている間に、いくつかの季節が過ぎていった。
 彼との仲は進展しているような、していないような、やはりとても微妙なものだった。

 だが俺は徐々に、彼が俺をからかったり、適当にあしらったりする心積もりだけでいる訳ではないのではないかと感じ始めていた。
 曲がりなりにも1年近く付き合っていれば、その位の事は伝わってくるものだ。
 今すぐきちんとした付き合いをしようと考えているようには到底見えなかったが、それにはそれなりの理由があるのかもしれなかった。
 付き合っていた男が職場にまで押しかけて来たという話を耳にしていたし、あの日、その男と彼が実際に会ったのかどうなのは分からないが、恋愛に対してすぐに踏み込めなくなるような事情が過去にあったのかもしれない。
 かく言う俺だって彼のその慎重に過ぎるやり方を見て、長い間戦闘態勢を崩せなかったのだ。
 相手がそれと同様、まずはじっと様子を窺ってみてからでないと行動を起こせないでいるからといって、とやかく文句を言える立場にあるはずもない。

 それに彼は2度目に食事をした夜からこっち、俺の誘いを迷惑がったり、困惑したりする様子は見せなかったし、俺から離れてゆく素振りも見せなかった。
 だったらそれでいいのではないかと思った。
 万事に措いて結論を急ぎすぎる俺にしては珍しい事だが、焦って時機を失しても下らないし、時間をかけて状況の推移を見極めつつゆっくりと関係を発展させてゆく ―― 彼とならば、そんな恋愛をしてみてもいいのではないか、と。

 だからあの夜、突然部屋にやって来た彼が、ただ俺に会いたかったのだと呟くのを聞いた時、心底嬉しかったのだ。
 彼の様子がどこかおかしいと思わなくもなかったが、そんな疑問は彼がその身体を俺に預けて来た事によって、あっという間に思考の奥底に追いやられてしまった。

 そう、ただ単純に、純粋に、俺は嬉しかった ―― 初めて恋愛の真似事をする、中高生みたいに。