Fight C Luv

8 : 誓い

 話があるのだと言った彼女と共に、俺は近くの喫茶店に入った。
 席に着いてから彼女は自分の名を名乗り、その後で、煙草を持っているかと尋ねた。
 俺が黙ってセヴンスターのケースとライターを重ねて差し出すと、彼女はまずもの珍しそうにじっくりとライターを検分してから、取り出した煙草を火をつけ、短く一口、それを吸った。

 その間もその後も、白石沙紀と名乗った女性はまるで目の前に俺がいないかのように ―― または俺の存在など忘れ去ったかのように窓の外を眺めていた。
 彼女の態度には桜井陽介が俺に対して示したような厳とした拒絶の意思は見られなかったが、むろん俺に対する好意の気持ちも見えず、興味を抱いているとか、そういうのも感じられなかった。
 ウェイターが注文したコーヒーを持ってきた時も、まるで反応を示さなかった。
 一体何故彼女がこんな風に俺を追ってきて、ここへ俺を連れてきたのか、全く見えてこない。

 一方的に激しく居心地の悪いその沈黙は、このまま永遠に終らないのではないかと思うほどだった。
 だがやがて白石沙紀は、一口だけ吸った煙草を灰皿に押し付けて消し、消しながら、
「分かってると思うけど、あたし、あなたの事、やっぱりあんまり良くは思えないわ」
 と、言った。
 まぁそうだろうな。と思った俺は、無言で頷く。
「 ―― でもね、あなたに同情の余地が全くないとも言えないと思うのよ・・・、陽介ほどじゃないけど、あたしも直くんとは長いつき合いになるから」
 と言って、白石沙紀は目の前に置かれたコーヒーカップを取り上げて、コーヒーを一口飲んだ。
「ああそうだ、さっきの陽介の態度はお詫びするわ、一応。ちょっと一方的だったし、乱暴すぎたから」
「・・・いや、いいんだ。彼が怒るのも無理はない」
「んん、まぁね、陽介は小さな頃から直くんと家族みたいに ―― ううん、ある意味ではそれ以上に仲良くしているから、気持ちの入りようが尋常じゃないのよね。実はこれって、陽介の両親もそうなのよ。あの人たちは両親が亡くなった直後に直くんが辛い思いをして、悲しんだり苦しんだり、悩んだりしてきたのを側でずっと見てきてて・・・これ以上直くんが傷つくのを許容出来ないの」

 と、白石沙紀は説明し、俺は黙って頷く。
 白石沙紀も頷き、続ける。

「でも今回の事に関しては、あなたばっかりが悪いって、あたしにはどうしても思えないの。さっきも言ったけど。
 だって直くんの方からもあなたに好きだなんてひとっことも言わなかったんだろうし、だったらなんで片方だけ、つまりあなたばっかり好き好き言わなきゃならないの?って思うから。お互い様なんだろうな、って思うから。
 ただあなたの場合、ちょーっと無駄に格好つけすぎって印象もあるけどね。ま、想像はつくわよ、実家は大病院のオカネモチで、有名な大学を出て、優秀な医者で、ルックスもいい ―― って条件が揃ってるし、今までは自分から必死になって相手を口説く必要なんか、一度もなかったんでしょ?相手の方を自分に夢中にさせて、自分は余裕を残しておくのが恋愛のデフォルトだったんでしょ?そんな恋愛、いろんな面で最低最悪だとあたしは思うけど ―― でもそういうの、もう自覚して、もの凄く後悔してそうね」

 今日初めて会った相手にさらりとほぼ全てを言い当てられて、居たたまれないような気分になった俺はそこで、彼女から視線を逸らす。
 彼女はそんな俺の態度には構わず、後悔先に立たず、ってねー。と呟いて、笑った。

「でもそういう ―― 好きとかいう気持ちって、絶対にきちんと伝えなきゃならない場面があるのよ。何も言葉にしなくたっていいけど、愛しているとか、自分を愛して欲しいとか、はっきり主張しなきゃならない瞬間っていうのは絶対にあると、あたしは思う。あなたにはそれが足りなかったのよ。決定的に」
「・・・分かってる」
 と、俺は彼女に視線を戻して言った。
「ふん」
 と、白石沙紀は無感動に言い、流れるような動作でテーブルの上に置いた手の指を組んだ。
「それで、さっき部屋の奥であなたの言い分を聞いていて、思うところがあって・・・。
 直くんは見てて心配になる位自分に自信がないし、遠慮がちだし・・・、あたしでさえ時々“いい加減にしたら!?”とか突っ込みたくなる事が往々にしてあったし・・・繰り返すけど、あなたに同情する点が皆無とは言えないような気もするの。
 そもそもここであたしが・・・あたしと陽介がばっさりとあなたと直くんの関係を断ち切っちゃっていいの?っていう疑問もあるしね。
 だって許すとか許さないとか、そういうのを決めるのは飽くまでも、直くん本人でなきゃならない訳でしょ?」
「・・・、じゃあ・・・」

 完全に失われてしまったように見えた希望が再び見えてくるのを感じて、俺は言う。

「うん。場合によっては、直くんの居場所をあなたに教えてあげてもいいわよ。
 でもそれにはひとつ、条件があるの」
「・・・条件?」
 と、俺は訊き返す。
 白石沙紀はきっぱりと首を縦に振り、
「この場であたしに向かって、直くんを絶対に幸せにするって、誓ってみせて。
 きちんと誓って、約束してくれたら、直くんがどこにいるか、教えてあげる」
 と、言った。