14 : 空間を彷徨う手
「・・・やめろって・・・っ!」
金属音と共にズボンの前を緩められた稜は叫んだが、俊輔は当然のような顔をして服を引きおろしにかかる。
身体を強張らせて何とか抵抗しようと足掻いていた稜の視界に、稜の腕と肩を押さえる相良が映った。
「 ―― お、お前!上のすることとはいえ、黙っていて良いことと悪いことがあるだろう・・・?!」
稜の言うことになど耳を貸す気はないという強い意志が態度に表れている俊輔の説得を諦め、稜は喉を逸らして自分の両腕と肩を押さえている相良を見上げた。
「頼む、頼むからこいつを止めてくれ!俺は本当に・・・、こんなのは嫌なんだ・・・!」
縋るような目をして懇願する稜だったが、相良はその悲愴な叫びに1mmたりとも心を動かす様子を見せない。 むしろ他人の目がある所で俊輔に犯されかかって激しさを増す稜の抵抗を押さえる両手に、更なる力がこもったほどだ。
「・・・っ、なぁ、良心ってもんは、ないのか・・・っ・・・!!」
ずるずると下肢から服が剥ぎ取られてゆく絶望的な状況に声を震わせながら、稜が小さく叫ぶ。
「残念ながら、ここにいる伊織に良心なんてもんはない」
手際良く稜のズボンを下着ごと脱がせた俊輔が、質問された相良の代わりに答える。
「こいつにあるのは、俺への忠誠心だけだ。そのように“作り変えられて”いる男でね」
「な・・・ ―― 、人を人とも思わないのか、お前は・・・、腐ってる!腐りきってる!人間として、お前は最低最悪だ・・・!!」
「善人で清廉潔白な極道になんて、会ったことはない ―― 少なくともこの俺はそうじゃないと、お前の身体は知っている筈じゃないか」
“お前の身体”というところに妙な抑揚を付けられた気がして、稜はぐっと言葉に詰まった。
が、次の瞬間、稜は言葉を失ったまま更なる混乱の極みに押しやられる。
淡々とした態度で話していた俊輔が、唐突に稜の足の間に顔を伏せたのだ。
有り得ない場所に、有り得ない感触が蠢くのを感じた。
余りにも大きすぎる驚きと衝撃と混乱が、稜の理性を瞬く間に奪い去ってゆく。
ソファの肘掛に背中を預けたような状態で押さえつけられた稜の視界に、俊輔の行為の詳細が飛び込んでくる。
その光景をとても見ていられずに顔を逸らすと、今度は稜の上半身を押さえている相良と目が合う。
状況の全てが、ことごとく稜の理性を溶かしてゆくのだ ―― 与えられる驚きが強すぎて、目を閉じるという選択肢すら稜には思いつけなかった。
「・・・・・・や・・・・・・、い、やだ・・・・・・・・・ ―― 」
辛うじて搾り出した稜の声に、顔を伏せたままの俊輔が笑う。
吐息が太ももの奥底を撫でてゆく感触、そんな小さな感触にすら、電流を流されたように感じる。
俊輔が何故笑うのか。稜にはもちろん、分かりすぎるほど分かっていた。
衝動を押しとどめるべき理性を壊滅的に叩き壊された稜は、その時点で既に、激しい反応を示していたのだ。
そんな自身を持て余しているくせに何を言っているのかと、俊輔は言いたかったのだろう ―― 口が自由であったのなら。
「あぁあっ、んんん・・・ ―― っ!」
笑われたのとほぼ同時に舐めまわされた後孔に指が差し込まれ、稜は喉を反らして叫ぶ。
と、同時に無表情に自分を見下ろしている相良と目が合う。
慌てて元に戻した視界に、身体を起こしてバスローブの前を緩める俊輔の姿が映った。
強い、恐怖を覚える。
微かに残る冷静な自分が訴える、痛みを伴う陵辱に対する純粋な恐怖。
そして動物的で刹那的な自分が、快楽に対する貪欲な期待を訴えている事実に対する嫌悪感に満ちた恐怖。
後孔に穿たれていた指がずるりと抜かれ、そこに俊輔の猛ったものが押し当てられる。
稜は息を呑み、強く目を閉じ、身構えた ―― のだが、何故かそこで全てが止まった。
突然のその空白を不思議に思って稜が目を開けるのを待っていたかのように、俊輔が一気に稜を貫く。
「や、あ、あぁあああ・・・ん、っ・・・!!」
稜の身体が弓なりに反り返り、喉の奥から悲鳴が上がる。
構うことなく俊輔は稜の片足を持ち上げるようにして、更なる深みに自身の欲望を埋め、先端で震える稜の奥をじわじわと擦り上げる。
上がる悲鳴が濡れきった艶の滲む喘ぎ声に代わるのに、そう長い時間はかからなかった。
俊輔を包み込む熱く蠢く内壁は声よりも更に雄弁に、稜の陥落の度合いを表していた。
「 ―― 伊織」
掠れきった低い声で、俊輔が再び相良の名を呼ぶ。
相良は押さえていた稜の腕と肩から手を離し、静かな一礼の後に部屋を出て行った。
そのやり取りや相良が手を引いたことすら、稜には認識出来ない。
稜に認識出来ているのはただ、自分を穿っている肉茎の灼熱のような熱さと、下半身が溶け果ててしまうのではという程の、恐怖めいた快楽だけだ。
部屋を出て行く相良の姿をちらりと見やってから、俊輔は本格的に稜の内部を蹂躙し始める。
じっとりと稜の奥底の感触を確かめるようにしていたかと思うと、次の瞬間には壊れるくらいに突き立てられる。
その行為を緩急付けて滅茶苦茶に、際限なく繰り返された稜の左手の爪が革張りのソファの背に立てられ、もう一方の手が半身を起こしたまま稜を責める俊輔へ向かって伸ばされる。
稜自身、無意識の行動だった。
それで何をしようとか、どうしようとか、考えていたわけではなかった。
ただ ―― ただそれを見た俊輔の表情が唐突にぐしゃりと歪み、その唇が衝動的な雰囲気で何事かを呟く。
快楽に溺れる稜の目には、それすらまともに映らない。
力なく落ちて行こうとした稜の手を激しく掴んだ俊輔が、その手首の内側に噛み付くように口付け ―― 同時に自身で稜の感じる部分を今まで以上に激しく突く。
「んんっ、ぁあ・・・ ―― あ、あぁあああ・・・!!」
唐突に激しさを増した抽挿に稜は切羽詰った声をあげ、堪えきれずに高みに手をかける。
巻き起こる快楽の渦に抗うことをせず、俊輔はその中に大量の精を吐き出した。