Night Tripper

24 : 面倒なこと

「豪さんは見ていらっしゃらないから分からないでしょうが ―― 若のあの男に対する執着は、ちょっと常軌を逸しています。最初の時もあの男には誰にも・・・服にすら、指一本触れることを許さなかった」
「・・・色恋沙汰ってのは、端から見たらどれもこれも、多少は異常さ。
 お前だって心当たりのひとつやふたつ、あるだろうが」
 にやりと笑って永山が指摘し、三枝も口の端に苦笑の影を滲ませる。
「それはまぁ、否定はしませんがね。
 ・・・そうですね、確かに少々、私情が入っていたかもしれません」
「私情?」
「ええ。私はあの志筑稜という男が、どうにも苦手でしてね・・・出来ればあまり関わりたくない」
「・・・おいおい、今日は本当に珍しいことばかり口走るな、お前」
「豪さんも実際に会えば納得しますよ。
 剛胆で不遜で頑固で・・・おまけに恐ろしく頭が切れる。厄介な男です」
「そりゃあまぁ、俊輔ほどの奴が、10年かけても忘れられなかった奴だしな。分からなくもない」
 と、言った永山はぐんとソファの上で身体を伸ばし、勢いをつけて立ち上がる。
「とにかく俺の考えは、俊輔がこの世界に足を突っ込む時に言った通りで変わっていない。覚えてるだろうな、三枝」
「・・・もちろんです」
「それなら、いい」
「ああ、待って下さい、豪さん」
 満足気に頷いてから俊輔が入って行ったのとは別のドアに向かおうとした永山を、三枝が呼び止める。
 何だ?と振り返った永山に、三枝は右手の平を差し出す。
「3本、頂きます」
「・・・何だって?」
「“若頭が早くその自覚を持てるように、今後一切、これまでのように俊輔を俊輔と呼んではいけない。呼んだら1回につき1本10万円” ―― 豪さんが決めたんですよ、忘れましたか?」
「・・・そりゃあ、まぁ・・・、しかし今ここに、あいつはいないじゃないか」
「いなければ呼んでも良いのでしたか?」
 真面目くさった表情を崩さずに三枝が言い、永山は鋭く舌打ちをして上着の胸元から財布を引っ張り出す。
 そして取り出した札束をざっと数え、三枝の手に叩きつける。
「ったく、お前もがめついな、嫌んなるぜ」
「・・・ありがとうございます。おまけまでつけて下さるとは、太っ腹ですね、豪さん」
 と、言った三枝がにっこりと笑い、
「おまけ?」
 と、意味が分からずに永山は眉根を寄せる。
「31枚ありますよ」
 笑ったまま空中で札束を揺らし、三枝は言った。
「・・・数えてねぇのに分かるのか」
 眉間の皺を深くして、永山が訊いた。
 三枝は頷き、悪びれる風なく札束をデスクの引き出しにしまい込む。
 それを見た永山はさも嫌そうに首を横に振り、深いため息をつく。
「・・・ああ、嫌だ嫌だ。なんだって、そんな男になっちまったのかねぇ」
「ですから全て豪さん仕込みです。何度言ったら分かるんです」

 などと言い合っていた2人だったが、鋭いノックの音と共に扉を開いて顔を出した男の、

 稜の乗った車が横浜の青葉区内に入ったこと、
 それから見てやはり行き先は本家であろうということ、
 本家に先回りした者からの報告によると、本家に大きな人の動きはないこと、
 そう派手に人がいるような気配もないこと、
 駿河会現会長である佐藤要は正午少し前に本家を出ているということ、

 などの報告を聞いて、表情を引き締める。

「それじゃあやっぱりあの蛇女の仕業か・・・、佐藤の親父さんのいない隙をつくとは、姑息な真似をしやがる」
「姑息といえば、あの姐さんは免許皆伝ものですからね。
 私はすぐに若と本家に向かいますが、豪さんはどうなさいますか?」
「そうだなぁ・・・」
 と、言って永山は右手でゆっくりと顎を擦る。
 それが熟考する時の永山の癖であることを、長年の付き合いで知っていた三枝は、黙って続きを待つ。

「 ―― いや、俺はやめておこう。今俺が出て行く方が拙いことになるかもしれないし、出来れば若頭にも引っ込んでいてもらいたいんだが・・・それは難しいんだろう?」
 三枝が無言で首を振るのを見て、永山はさも嫌そうに顔をしかめた。
「ったく、面倒なことになったが、仕方ない。親父さんが長期的にどこかに行くって話は聞いていないし、あの蛇女もそう酷い真似はしないと思うけどな・・・まぁ一応、防弾だけは着させておけよ」
「本家でドンパチやりだすほど、馬鹿ですかね?」
「十中八九、大丈夫だとは思うが、万が一って事がある。切れると何やりだすか分からん女だけにな」
「・・・そうですね、分かりました」
「俺も近くには行ってる。何かあったらすぐに連絡を寄越せ」
「はい」

 そう言い合い、頷き合った永山と三枝は、それぞれ別のドアへと足を向けた。