44 : 何で今更
「・・・捜したぞ」
ふいに声をかけられて稜が顔を上げると、いつの間にやって来ていたのか俊輔が横に立っており、稜に倣うように眼下に広がる夜景を見下ろしていた。
「・・・家の中で人を捜さなきゃならないなんて、ちょっと考えられないよな」
小さく笑った稜は、再び夜景に視線を戻す。
「ところでお前・・・、身体の方は大丈夫だったのか?」
中くらいの沈黙の後、稜が訊ねる。
「身体?」
不思議そうに首を傾げて、俊輔が訊き返す。
「ほら、この間の・・・」
「・・・ああ、あれか。全く問題ない。聞いていなかったか、手加減をされていたって?」
「聞いたよ、それは。でも・・・よく、分からなかった」
消え入りそうな声で稜が呟き、それ以上俊輔は何も言おうとしなかった。
ただ黙って伸ばした手で稜の腕を掴み、強く引き寄せる。
そのまま抱き寄せられようとした俊輔の胸に、抵抗するように稜の手が突かれる。
気にせず俊輔が口付けようとするのにも、稜は顔を逸らして応えなかった。
むろん ―― むろん、稜も分かってはいた。
ここに来るということは、俊輔と再び顔を合わせるということは、こういう展開に行き着かずにはいないということを。
しかし、頭や心で分かっていることと、肉体としての身体が分かることというのは、まるっきり別の次元の話なのだ。
だが俊輔はそんな悪あがきにしか見えない稜の抵抗には、頓着しなかった。
荒々しく稜の首から顎にかけてを掴み上げ、一気に、噛みつくような勢いで、その唇を奪う。
背骨が軋むような強さで抱きしめられ、息つく暇もなく続く俊輔の、飢餓感すら漂う熱い口付けに、稜の抗いも徐々に鳴りを潜めてゆく。
だがそのまま部屋に引きずり戻され、続いて寝室に押し込められるという段になって、流石に稜は抗議の声を上げずにはいられなくなる。
「おい、顔を合わせた途端にこれはないだろ・・・!」
唇が離れた隙をみて、稜が言う。
「これ以上俺を焦らして、お前、責任はとれるのか」
きつく稜の身体を抱き寄せたまま、俊輔が訊ねる。
低く低く掠れた俊輔の声が、振動のようなものになって、耳からよりも先に合わせた胸から伝わってくる。
その振動が骨を伝って鼓膜を掠めた瞬間、どくりと音をたてて、体中の血液が逆流したような感覚があった。
が、それを何気ないふりでやり過ごし、稜は憮然とした調子のまま続ける。
「責任って、そんなの知るかよ。それに俺は別に、焦らしてなんかない」
「無自覚なのか。それは更に悪質だな」
小さく笑って言った俊輔が、突き飛ばすように稜の身体をベッドに沈める。
そして反射神経的に身体を起こそうとした稜の身体に覆い被さり、その手首を更に深くベッドに縫い止めた。
「・・・えー・・・ええっと・・・、これ、なんかちょっと、照れないか・・・」
最早身動きすら叶わなくなった稜が、空間に視線をうろつかせながら、呟く。
「何で今更照れなきゃならないんだ」
軽く声を上げて笑われて、稜はきつく柳眉を寄せ、彷徨わせていた視線を俊輔に戻す。
「何で今更とか、お前が言うな。そうだよ、そもそも俺は、お前に言ってやりたいことが大小合わせて山ほどあるんだ。
いいか、お前に会いに来たからって、怒っていたのが全部帳消しになる訳じゃないんだからな。大体最初のところから、お前って奴は・・・って、聞けよ!」
抗議の声などにはまるで構わず、手早く服を脱がしてゆく俊輔の肘のあたりを掴んで、稜が強い口調で言った。
「ちゃんと聞いてる」
と、俊輔は言った。そして肘を掴む稜の手を優しく振り払う。
「こっちには構わず、続けていいぞ」
「そんな適当な言い方があるか・・・っ、・・・ぁ・・・!」
はだけられたシャツから覗く肌に唇が押し当てられ、軽く歯を立てられた稜の身体が、震えた。
同時に上がった小さな声を合図として、俊輔の愛撫が濃厚なものへと切り替わる。
肌の細胞のひとつひとつの質感を確かめるようなやり方で、俊輔の手指が稜の肌を這い降りてゆき、その後を唇が追う。
途中ふと肌を歯が掠めたり、強く吸い上げられたりする度 ―― その回数が増える度、稜の反応は鋭く、顕著なものになってゆく。
俊輔のそんな愛撫が腰のあたりに達する頃、稜は快楽よりも強い恐怖と焦りを覚えていた。
これまで俊輔に抱かれてきた中で、稜は確かに何度も、俊輔から与えられる快楽が強すぎると感じてきた。
だが、ただ肌に触れられているだけの、初期段階とも言えるこの時点でこんなにも強い快楽を覚えたことは流石に一度だってない。
拒絶の意志がなくなったという、たったそれだけのことで、生じる快楽はここまで違うものなのだろうか。
これから自分は一体、どうなってしまうのか。
その恐怖は、俊輔の愛撫が下肢にさしかかった頃には、更に切羽詰まったものになっていた。
やめてくれという制止の言葉が口をついて出そうになるのを、何度飲み込んだだろう。
例え何をどう言おうと、こんな状態になっている稜を見ている俊輔が求めに応じるはずはない。
それに例え応じられても、困るのが自分であることもまた、確かではあるのだ。
しかし分かっていても、未知なる激しい快楽の予感に対する恐怖は去らず ―― 去るどころか一瞬毎に強まってすらゆく。
「・・・や、あ、ぁああ・・・っ・・・!」
溶かされきった後孔に、熱く滾った欲望の塊が押し当てられ、稜は悲鳴めいた声を上げた。
耐えるのも限界とばかりに上半身を起こして上へ逃げようとする稜を、容赦ない俊輔の手が押さえ込む。
そして身体中の肌を確かめたのと同様のやり方で、俊輔の肉茎が稜の内部をゆっくりと、着実に、埋めてゆく。
深く埋められれば埋められるほど比例して強くなる快楽に、呼吸すらままならなくなった稜の唇が、小刻みにわなないた。
その震えを目にした俊輔が、声もなく笑う。
それは満足げでもあり、壮絶に嗜虐的な笑みでもあった。
幸か不幸か稜が俊輔のその笑いを目にすることはなかったが、やがて最奥まで稜を蹂躙した俊輔が、そのまま動きだそうとした、その瞬間 ――――
「ちょっと待て・・・!!」
と、稜が鋭く命令するように、叫んだ。