Night Tripper

6 : 揺れる思考

 最初に感じたのは、ゆらゆらと身体が揺れる感覚だった。

 その感覚の裏、遠くで複数の人々が何か話しているのが聞こえる。
 鋭く命令するような声に対し、誰かが低い声で答えを返している。

 覚醒しきれないままに、稜は必死で耳を澄ます。
 しかしいくら努力してみても、会話の内容までは聞き取れない。

 交わされる会話と平行して続く、規則的で硬質な足音。
 扉が開閉し、明らかに途中だった会話が断ち切られる。

 会話の中に自分の名前も紛れ込んでいたようだったが、なんだったんだろう・・・?と稜はうつつと夢の間をゆらゆらと漂いながら考えた。
 が、聴覚同様、思考も正常に機能しない。

 とにかく、酷く眠いのだ。暴力的と言ってもいいほどの、それは激しい眠気だった。
 生理的な欲求に忠実に従って再度深淵に沈み込んで行こうとする意識を留めるように赤い警告のランプが激しく点滅していたが、それには気付かない振りをした。
 何がどうなってもいいから、とりあえず今は眠りたかった。
 何も考えたくなかったし、考えられそうもない・・・ ―― 。

 ―― と、そこで身体の揺れる感覚がふいに途切れ、その拍子に、逆に意識が一気に覚醒の水面へと浮き上がる。

「・・・なんだ、もう目が覚めたのか」
 薄く目を開いた稜に向かって呟いたのは他でもない、俊輔だった。
「・・・ ―― 俊輔・・・」
 と、呼びかけた稜を両腕で抱き抱えるようにしていた俊輔は、乱暴でもないが丁寧とも言えないやり方でその身体をベッドの上に下ろす。
「お前、不眠症か何かで薬でも飲んでるのか?」
「・・・・・・はぁ・・・・・・?
 ―― あ・・・、ああ、疲れすぎて眠れないときなんかに時々・・・・・・って、そんなことよりも俊輔、お前、とんでもない状況に追い込まれているみたいじゃないか・・・」
 稜は言い、上げた右手でベッド脇に立つ俊輔の腕を掴んだ。
 心底心配そうに自分を見上げる稜を黙って見下ろしていた俊輔はやがて、堪えきれない、といった風に笑い出す。
「・・・笑い事じゃないだろう。人が真面目に心配しているっていうのに」
「いや、どう考えてもここは笑うところだ。お前、お笑いのセンスがある。面白すぎる」
「・・・何の話だ」
 むっとして俊輔のスーツの裾を掴んでいた手を離し、稜は訊く。
「今現在、とんでもない状況にいるレヴェルは稜、俺よりお前の方が上だ、って話さ」
 言いざま、俊輔が稜の身体をベッドに押さえ込むように覆いかぶさってくる。
「・・・・・・え?・・・っと、ちょっと、な ―― 」
 何をするんだ、と言いかけた稜の唇が、俊輔のそれによって乱暴に塞がれた。
 驚愕の余り抵抗すら出来ないでいる稜の精神を置き去りにしたまま、激しく角度を変え、唇の輪郭を崩すような口付けが続く。
 口付けの間にも、俊輔の手はまるで稜の身体の線を確かめるように腕を辿って肩を撫で、胸から腹部を這い降りてゆく。
 その手が下腹に伸びようとする気配を感じた、その瞬間。
 漸く驚愕の呪縛から逃れることが出来た稜は、口付けている俊輔の唇に思い切り噛み付いた。

「ふ ―― ふざけた事をするな!何を考えているんだ、いい加減にしろ!」
 喚くように叫んだ稜から身体を引き、右手の甲で噛まれた唇を拭い ―― その手の甲に付いた血を見た瞬間、俊輔の表情ががらりと変わった。

 俊輔の目に浮かんだ、見たこともないような獰猛な光。
 怯える間もなかった。

 着ていたワイシャツが引きちぎられ、まとめて頭上に掴み上げられた両手首を拘束されて身体を反転させられる。
 無駄な動きや隙が一切ない、反抗のしようもない勢いだった。

「 ―― っ、何をしようっていうんだ!」
「今更その質問か。愚問だな。答えてやる価値もない」
「俊輔!やめろ!」
 背後から腰だけを引き上げた俊輔の手から必死で逃れる努力をしながら、稜は叫ぶ。
 そんな抵抗をあっさりと押さえ込んだ俊輔は、前に回した手でズボンのベルトを外す。
 引き抜かれ、放り投げられたベルトはいったん蛇のようにその身をくねらせてから、床の上で丸い輪を描いた。
 金具を外されて下着ごとズボンを引き下ろされ、剥き出しになった股間を握りこまれて、軽く扱かれる。

「やめ・・・ ―― っ、やめろ・・・!」
 湧き上がる嫌悪感に、稜は叫んだ。

 男に、しかも友人だと思っていた男にこんな行為を強要されるなど、これ以上の屈辱はない。
 力の限りしている抵抗を児戯にも等しいとでも言いたげに完全に封じられた上で、となれば尚更だ。

 そもそも、何でこんな状況になるのかが分からない。納得が出来ない。
 俊輔が何らかの罠にはまり、不当に貶められてゆくのを黙って見過ごせないと思ったからこそ、相手がヤクザだと知っても後に引かなかったのだ。
 俊輔の取り巻きに脅されたりするのであれば話は分かるが、どうして救いたいと思った当の本人にこんなことをされなければならないのか。  昔、俊輔を家に招いた事に対する腹いせなのだろうかとも思ったが、どう考えてもこんなやり方をする理由にはならないし、俊輔のこの突飛過ぎる行動は、常識の範疇を遥かに超えている。

 圧倒的な力で上半身を押さえ込まれながらも、そこから逃れる術を必死で模索していた稜は、やがて嫌悪感と同じ強さの危機感を覚えだす。
 同性ならではの的確な手つきのせいだろうか。俊輔のやり方にこれ以上長く晒されて、このまま何も反応を示さないでいられる自信が急速に揺らいでゆくのが分かる。
 竿を扱くのと同時に先端を嬲る俊輔の親指の腹が、徐々にぬらぬらとした液体で濡れてゆく。
 気付かない振りをして誤魔化すのにも限界があった。

 決して認めたくない、その絶望的な予感に稜の背中が震える。

 その心の推移を正確に察しているかのように、稜の背後で俊輔が小さく笑った。