23 : 死の黒い影
麗子を乗せた車が走り去って行くエンジン音を確認してから、和田は改めて稜を見下ろす。
それはまるで、全く興味のないモノを見るような目つきだった。
「和田代行、始めてもええですか?」
と、和田の右斜め後ろに立っていた男が、訊いた。
ああ、と頷いた和田が、首を回して右斜め後ろを見やる。
「ただ言うておくが宮下、いつもみたいにのんびりいたぶるのはなしやで。ここはシマ違いやし、見咎められたらえらいことになる。今、駿河とことを構える訳にいかん」
と、和田が言った。
「麗子の言うたとおり、暴行されて殺されたちゅうことが向こうに分かればそれでええ。2、3回突っ込んで、少ぉし撫でてやってから息の根を止めたれ」
「・・・あなたがたはそんなことをして、本当に・・・」
「こんな泣かせ甲斐のありそうなの、じっくり時間かけて楽しみたいですが・・・ま、しゃあないですね」
稜が上げた声を無視して宮下と呼ばれた男は言い、肩を竦めた。
そして後ろにいた男たちに向かって、顎をしゃくって見せる、「時間ないんや、とっとと始めようや」
「・・・っ、やめろ ―― !」
宮下の合図を受けて一斉に前へと出てきた男たちに腕やら肩やらを掴まれた稜が叫び、身体を捩る。
しかし稜がする必死の抵抗も、多勢に無勢の現状では全く無意味だった。
出来る限りの抵抗をしてみても、身体を掴む男たちの指一本すら、外すことが出来ない。
殆ど無抵抗に近いような状態で、稜は倉庫の片隅に置かれたマットレス上に突き飛ばされる。
身体を起こす間もなく、伸びてきた数人の男たちの手が稜の手足をマットレスに沈めるように押さえつけた。
「嫌だ、離せ・・・!!」
「無駄な抵抗は止め、辛いだけや。あんた、男には抱かれ慣れとるんやろ?
人生最後のことや、ちっとは楽しまんと損やんか」
諭すように宮下が言い、言いざまマットレスに押さえつけられている稜にのし掛かって来る。
逃れようとしても周りを取り囲む男たちに両手両足を押さえつけられ、身じろぎすらままならない。
「やめ・・・ ―― っ!!」
叫んだ稜のワイシャツを、宮下が荒々しく掴む。
抵抗の意志と恐怖がないまぜになったような稜の蒼白な顔を見下ろして、宮下がにやりと笑った。
そして笑いざま、掴んだシャツを思い切り左右に引き裂く。
一気に肌が外気に晒される感覚 ―― その寒々しい感覚に、稜の精神が止めようもなく凍り付いて行く。
「・・・っ、や、嫌だ、やめ・・・っ、 ―― やめろ!!」
乱暴に肌を辿って行った手が下肢にかけられるのを感じて、稜が一段と激しい悲鳴を上げる。
「うるせぇよ、ちっと黙っとけ!」
よってたかって稜の身体を押さえつけていた男の一人が怒鳴り、その大きな掌が叫ぶ稜の口を塞ぐのと同時に、顔全体をきつく覆う。
マットレスに押さえ込まれた手足はぴくりとも動かせず、荒々しい男たちの息遣いだけが聞こえた。
顔面を覆うべとべとした汗に濡れた男の手のせいで、呼吸すらままならない。
そのやり方には明らかに、稜が陵辱の最中に死んでしまったところで構わないという突き放した冷たい意志が感じられた。
悲しいのか、悔しいのか、恐ろしいのか。
稜にはもう、分からなかった。
誰に、どこを、どう触られているのか ―― それすら、何も、分からなくなる。
覆われた視界の暗さを、更なる完璧な闇が浸食してゆく。
身体が指先から、じわじわと冷たくなってゆく。
朦朧と霞んでゆく意識の深淵の縁で、稜は唐突に俊輔を想った。
そして ―― そうして彼を想った瞬間、同時に悟る。
自分は彼を、愛していたのだ。
そう、たぶん ―― たぶん学生時代からずっと、自分とは全く異なる考え方と行動をする俊輔に憧れていた。
無意識に、しかしとても激しく。
それがいつから愛であったのかなんて知らない。
どうしてそんな変化が生じたのかも分からない。
むしろそんなことは、どうでも良かった。
確かに最初、強引に身体を奪われた時には心底俊輔を憎いと思った。
しかしその反面、あの俊輔に自分がこういう風に求められることもあるのだと、思いもしなかった新鮮な衝撃があったのもまた、事実であった。
そうでなければ自分は俊輔に対して、あそこまでの激しい反応を示しはしなかっただろう。
その証拠に乱暴さの度合いはまるで違うものの、こうして同じような行為を別の人間にされても、ただただ身体が凍り付くような感覚しか覚えないのだ。
泣きたくなる。
情けなさすぎて、泣きたくなる。
こんな状態に追い込まれないと、自らの気持ちを見定めることすら出来ない自分。
このまま死んでしまえば、俊輔は稜の気持ちを知らないまま終わってしまうだろう ―― そんなのは嫌だと、稜は思う。
せめてもう一度、一度だけでいいから俊輔に会って、きちんと話をしたいと、強く思った。
しかしやり直そうにも、何もかもが遅すぎた。
最早ここから自力で逃れ出す術はなく、目の前には見間違えようのない、はっきりとした死の影があった。
きっとこれはきちんと自分自身と向き合い、自らの気持ちを見定められなかった自分に対する罰なのだ。
塞がれた視界の暗闇の中、切り取れるほどはっきりとした姿を浮かび上がらせる黒いその影を見据えながら、稜は示していた僅かばかりの抵抗をやめる。
どうせ終わるのならば、早く終わらせてしまおうと思った。
ブレーカーを落とすように身体中の電源を切り、暗闇の中で嵐が過ぎ去るのを待つのだ。
嵐が過ぎ去った後、そこには本物の闇が訪れる。
そうしたらもう何も考えなくていいのだ、ずっと、きっと ―― 永遠に。
暗がりの中、稜はゆっくりと、そっと、手を伸ばしてゆく。
瞬間、何か激しい音がして、衝撃と共に自分の身体が荒々しく持ち上げられる感覚を覚えた。
だが稜はそれに構わず、震える指先を自らの感覚全てを司るスイッチに触れさせた。