29 : 無言の問い
粘膜すら溶け合わせようとするかのような口付けを交わしながら、俊輔の手指が稜の肌の上を這ってゆく。
その手つきはまるで、稜の薄い皮膚の下にひっそりと隠されたメッセージを探り出そうとしているかのようだった。
強く触れている訳ではない。乱暴に触れている訳でもない。
ただ過ぎるほどに丹念で執拗な俊輔の愛撫を受けた稜の身体が、生じる鋭い官能の予感に突き動かされるように、微かに震え始める。
それは普通にしていれば気付かない程度の、非常に微細な震えだった。
だが肌を直に触れられている今の状態では、それが例えどんなに小さなものであったとしても、俊輔には色濃く伝わってしまっているに違いない ―― そう考えると、稜は何とも心許ないような気分になる。
交わされる濃厚な口付けと、それとは対照的な緩やかな愛撫の合間、時折俊輔が伏せ気味にした稜の瞳の中を覗き込んでくる。
ふいに、偶然を装うように絡んでくる俊輔の視線にはどこか、稜を試すような ―― 稜の心の中を覗き見て、その決心の程を見透かそうとしているような意図が感じられた。
どこまでの覚悟があるのか。
どこまで付いて来られるのか。
そう、訊ねられている気がした。
俊輔の背負うもの、今現在の俊輔に付随しているもの ―― それら大小様々なものごとに、不安を覚えていないと言ったら嘘になる。
いや、不安どころかそれらは稜にとって、恐怖ですらあった。それは偽りようのない真実だ。
だがそれとは全く別のところ、通常稼動している思考の裏の裏あたりから滲んでくる渇望 ―― それは例えば岩に水が染み通ってゆくように、はっきりとした自覚のないまま、稜を侵してきていた。
俊輔と再会してからこっち、この数年の間に、静かに、ゆっくりと、時間をかけて、細胞を毎時ごとに征服し、身体中へ、拡散するように。
それが今この時、錯覚でもなく幻想でもなく、逃れようのない現実のものとして、稜の目の前にある。
“もう今更、どこにも戻れやしない”と俊輔は言ったが、それは稜とて同じだった。
俊輔を、このような俊輔を知らない頃の自分には、もう戻れない。
そしてこういう俊輔を知ったからには、何も知らない頃の自分には、戻れたとしても戻りたくなかった。
そう考えながら、稜は伏せていた視線をつと上げる。
何気なく上げた稜の視線が、そんな稜を見下ろしていた俊輔の視線と、唇を重ねているそのままの距離で繋がる。
その瞬間、何かが、音もなく、崩れた。
それまで続いていた緩やかな愛撫をかなぐり捨てた俊輔の手が、荒々しく稜の身体をベッドに沈める。
俊輔のそのやり方を乱暴だと感じる感覚すら、稜には残っていなかった。
感じるのはただ、身体の中心辺りから突き上げるように沸き上がって来る、疼くような飢餓感と焦熱を帯びた、官能への欲求。
身体中の血液が、一気に沸騰してゆく気がした。
ベッドと稜の背中の間を這い下りるように辿っていった俊輔の右手に後孔を探られ、稜の身体が小さく跳ねる。
いつの間にか滑りを纏わせていたその指が、ゆっくりと、浅く、埋められてゆく。
「・・・ぁ、ぁあ ―― 、っ!」
久しぶりの感覚に、その部分からざわざわとした奇妙な痺れが生じ、稜は小さく、しかし鋭く叫んだ。
低音ながら卑猥な水音が、外側からではなく、内側から聞こえてくる。
浅い部分を丁寧に焦らすように探られるたび、背骨を伝い上がるようにして、それは直接鼓膜の裏に響いてくる。
「・・・ん、ふ・・・あぁ・・・ん、っ・・・」
喘ぎ声とも、ため息ともつかない声が、稜の唇から零れ落ちた。
ぴたりと重ねあった身体、押し付けあった下肢が互いの欲望のかたちと熱を生々しく伝え合う。
その感覚が余りに恥ずかしく、稜はさり気無い風を装って身体を引いた。
そんな動きを封じるように、俊輔の手が震える稜の身体を押さえつけ、浅く後孔を弄っていた指が唐突に深く埋められる。
間を開けずに更にもう一本の指がそこへねじ込まれ ―― 埋め込まれた指は容赦なく、迷う気色すらなく、稜の感じる部分を内側から持ち上げるように曲がった。
「・・・あぁアッ・・・!!」
唐突に生じた鋭い快感に、稜の肌が粟立ち、悲鳴にも似た声が上がる。
その性急な所作が、俊輔の激しい渇望の一端を如実に示しているように感じられ、それが稜の官能をより一層煽りたててゆく。
体内がねっとりとかき回され、それとは逆の手指と唇が、粟立つ稜の肌を更に駆り立てようとするかのようなやり方で這い回る。
身体中の血液が沸点を超えて更に煮えたぎり、俊輔の掌が、指が、髪が、肌が、唇が、吐息が触れる部分から、皮膚が踊りだすような感覚を覚え、稜は声もなく仰け反る。
もういい、と稜は思った。
もういい。もういい。もういい。
これ以上はもう、何も感じられない。
叫ぶように、泣き喚くように、稜はそう思う。
いや、もしかしたら、声に出してしまっていたのかもしれなかった。
何故ならその次の瞬間、俊輔の灼熱が何の予告もなく、埋め込まれていた指と引き換えに、稜を穿ったのだ。
そしてその熱が最奥を抉ったのと殆ど同時に、2人の間を熱いものが走ってゆく。
「あぁああああ、っ、ァあ・・・んん、っ・・・」
喉を反らし、痙攣するように身体を震わせる稜の上に崩れ落ちるように覆い被さった俊輔が、
「・・・畜生、なんだ、これ・・・、覚えたての高校生かよ、情けねぇ・・・」
と、忌々しげに呟いた。
稜は一瞬、俊輔が何を言わんとしているのか、全く理解出来なかった。
しかし淫らに繋がり合った場所から熱いものが溢れて滴り落ちてゆくのを感じたところで何が起きたのかを察し、声を噛み殺すようにして笑う。
「まぁ、あまり気に病むな。長い人生、色々なことがあるさ」、と稜は言った。
「・・・慰めるな、むかつく」、と俊輔が顔をしかめて言った。
本気で嫌そうな俊輔の表情を見た稜が、そこで心底楽しそうな声を上げて笑い出す。
そして更に顔をしかめてそっぽを向いた俊輔の腕にかけていた手を、さり気無く上へと滑らせてゆく。
稜の手と腕の温もりを背中に感じたその瞬間 ―― 俊輔は自分の心臓がしわりと音を立てて軋むのを、聞いた気がした。