Night Tripper

10 : 闇色の沈黙

「昨日、港区内で集荷されたものです。まだ詳しく調べてはおりませんが、集荷状況などを調べても、恐らく手がかりは掴めないのではないかと思われます」

 堅い声で、三枝は言った。
 そして再び短い間を取ってから、続ける。

「中にはDVDが一枚、入っておりました。
 今から幹部を集めて内容を確認しようと思いますが ―― 組長はどうなさいますか。ご覧になられますか」

 俊輔は三枝が手にしたフェデラル・エクスプレスのケースを凝視したまま、何も答えない。

 ゆっくりと10カウントする程度の時間をあけてから、きっぱりとしたやり方で永山が立ち上がり、会議室を出てゆく。
 一拍置いて他の幹部連がそれに続き、最後に三枝が俊輔に向けて微かに礼をした後、部屋を出て行った。

 部屋を移動した幹部たちは、窓にかかるブラインドの全てを閉め切り、DVDプレイヤーとテレビの電源をつけ、めいめい、椅子に腰を下ろす。

「 ―― 組長は、見ないって・・・?」

 最後に部屋に入ってきた三枝に、永山が訊ねた。
 三枝は複雑な形に首を振り、薄いケースからディスクを取り出し、プレイヤーにセットする。

 と、そこで部屋のドアが開き、俊輔が部屋に入ってきた。
 そして空けてあったテレビのすぐ前の席に腰を下ろし、未だ暗いテレビのディスプレイを真っ直ぐに見据える。

 三枝はちらりと横目でその様子を見たが、躊躇うことなく、読み込みが終わったプレイヤーの再生ボタンを押した。

 それは薄暗い映像だった。

 画質はモノクロで、音声はない。

 固定されたカメラ画像の中心には数人の男が ―― 全員覆面姿の、上半身に衣服をつけていない、7人の男が立っている。
 カメラの視界を遮らないように半円を描いて男たちが取り囲む、その中心部にもう一人の覆面の男がおり、それと向かい合うようにして金山和彦がいる。
 彼が一人だけ、覆面をせず、素顔を晒している。

 そしてその2人の間に、稜の姿があった。

 四つん這いにさせられた稜の両手首には太い鎖がかけられ、首には太い鉄製の首輪が嵌められていた。

 そんな稜の背中から腰にかけてを撫で下ろし、乱暴に腰を掴んだ金山が、稜から小さく離れた。
 深く稜に埋め込まれていた肉茎が、空気と、カメラに晒される。
 それから再び、金山は荒々しく稜を穿つ。
 勢いに押されてがくりと前にのめりかけた稜の顔の前にいる男が、崩れ落ちてゆこうとした稜の身体を留め、その眼前に、いきり立った自身を突きつける。
 小さく顔を背け、微かな抵抗の意志を見せた稜の頬に、平手が飛んだ。

 それが情け容赦のない激しい殴打であることは、音声がなくとも分かった。
 平手をまともに頬に受け、その強い衝撃を示すような勢いで床に倒れ伏しかけた稜の首に嵌められた、鉄製の首輪に繋がる鎖を、男が思い切り掴んで引いた。
 そのまま鎖が乱暴に揺さぶられ、堪えきれずに開けられた稜の唇に、男の剛直が無理矢理ねじ込まれる。

 間髪入れずに、激しい抽挿が開始される。
 前と後ろの抽挿のリズムは、まるで滅茶苦茶だった。

 稜の身体は男たちが性的快感を得るための道具であり、それ以上でも以下でもなかった。
 その辛さを物語るように、床につかれた稜の手指に力が籠もる。

 先に達したのは、金山だった。

 ひときわ深く強く稜を突き抉った金山が、小刻みに腰を痙攣させ、稜の背に顔を伏せる。
 それを追うように、やはり腰を震わせた覆面の男が達した。

 喉奥を突かれ、えずいた稜の口から、未だ勢いを失わない男の肉茎がこぼれ落ちる。
 激しく咳込む稜の髪に、顔に、肩に、精液が降り注ぐ。
 恐らく全て飲み込まなかったことを責められてであろう、再び男の平手が稜の横面に振り下ろされる。

 もんどりうつように床に倒れた稜の背中から顔を上げた金山が、右手を稜の太股の間に差し入れた。
 そこで初めて真っ直ぐにカメラと視線を合わせ、金山はむき出しの稜の太股の間に差し込んで蠢かしていた手を、空中に差し上げて見せる。

 その手は精液と、血に濡れ尽くしていた。

 モノクロの映像でも、金山の手指から滴り落ちる精液の複雑な白さと、そこに混ざる血の、どこまでも毒々しい赤さが分かった。

 真っ直ぐにカメラを見据えた金山がにやりと笑い、その手に握っていた何かを、カメラのこちら側にいる俊輔に向けて放って寄越す。
 カメラのレンズに当たって床に落ちたのは、精液と血にまみれた、例の指輪だった。

 金山が更に笑い、笑いながら、もう稜に用はないと言わんばかりに立ち上がる。
 それと入れ替わりに別の覆面の男が稜の身体を引き上げ、予告も何もなく、ただ感情の赴くままに稜を嬲り始めた・・・、 ――――――

 映像が終わった部屋には、生暖かい暗黒色のゼリーのような沈黙が満ちた。

 室内にいる男たちはテレビ画面を見詰めたまま、ただただ、呆然としていた。

 映像自体のみを純粋に評したならば、それはある意味、想像の範囲内のものでしかなかった。
 見慣れているとまでは言わないが、そう珍しいものではないとすら、言えたかもしれない。

 だがこの数年で稜の凛とした ―― 時にはうんざりとさせられるほどの高潔さを側で見ていただけに ―― そしてそんな稜を俊輔がどれだけ大切にしていたかを知っていただけに ―― 映像の悲惨さ、おぞましさ、残酷さはその度合いを数倍にも増し、あり得ないほど衝撃的なものに見せていた。

 長い ―― 長い間、誰も、何も言わなかった。
 微かな身動きすら、しなかった。

 やがて俊輔が、闇色の沈黙をかき分けるように、ゆらりと立ち上がる。
 そして乾ききった、硬質な足音を立てて部屋を横切って行き、ドアを開けた。

 ドアを開けたところで俊輔はふいに足を止め、しばらくの間、その場にたたずんだ。
 そこには振り返って何かを見たり、何かを言ったり、または何かを求めたりする雰囲気は微塵もなかった。

 この世にあるものではなく、あの世にあるものでもなく、こことは全く別の次元と次元の狭間にあるものを観察しているような ―― それはそんな感じの空白だった。

 その後部屋を出た俊輔は、微かな音と共にドアを閉めた。

 後には気が遠くなるほど空虚で重苦しい、沈黙だけが残った。
 それ以外には何も、残らなかった。