12 : 真実が纏うこと
「 ―― 分かった」
怒りにも似た気配を滲ませた相良の返答を聞いた永山は頷き、甲斐を見る。
「三枝に今の話を伝えろ ―― だがいいか、言い方には十分気をつけろよ。今のあいつはひとつ間違うと、とんでもないことになる」
「はい」
慌ただしくパソコンからディスクを取り出しながら、甲斐が神妙な面持ちで頷く。
「それと加藤の所属が三和なら、そっちに話を通さなきゃならん。白木、お前は組長のところに行って、旭会の及川会長に連絡を取ってもらえ」
はい、と頷いた白木が部屋を飛び出してゆき、甲斐がそれを追うように部屋を出てゆく。
「豪さん、本家の方はどうします?私が行きましょうか」
部下を呼びだした携帯電話を折り畳みながら、船井が尋ねる。
「そうだな、出来れば俺が行きたかったんだが・・・、今の三枝を放って行くのは怖いしな。
悪いが船井、頼めるか」
と、永山が言い、そう言われることを予測していたのだろう、船井は当然のように頷き、呼び出されて部屋に顔を出した部下と共に事務所を出て行った。
後に残された男たちもそれぞれ、今後に備えて動き出し ―― そんな慌ただしい空気の中、ぐったりとした様子で椅子に腰を下ろしたままの相良の肩に、永山がそっと手を置く。
「・・・辛いことをさせたな。お前は少し、休んでくるといい」
労るような永山の声を聞き、はっと気を取り直したように背筋を伸ばした相良が、立ち上がる。
「いえ、大丈夫です ―― 私はあの方の側に戻らなくては」
「・・・ろくに寝ていないんだろう、俊輔は」
と、永山が心配そうに訊いた。
「そうですね・・・、眠られないのもそうですが、ろくにお食べにもなっておられない」
と、相良は言い、それから苦々しく笑う。
「しかし言うまでもなく、今現在一番辛いのはあの方ではなく、ましてや私などではありませんから」
それは平坦な声であったが、真実というものがいつも纏っている、ずっしりとした重みがあり ―― また、それは相良が口にすることによって、更なる重量を増して聞こえた。
黙りこんでしまった永山に向かって丁寧な一礼をし、相良は入ってきた時と同様、足音をさせずに部屋を出て行った。
その日の深夜から明け方にかけて、三和会系の3次団体、旭会と慌ただしいやりとりが交わされた。
加藤が所属している小林組と旭会は、元々友好的と言うには程遠い間柄にあり、常にどちらかがどちらかの足を引っ張りあうような関係であった。
つまり旭会としても今回のこと ―― 小林組所属の組員が、他団体の関係者に手を出しているという事実 ―― は、渡りに船という部分が多分にあった。
加えて、俊輔が旭会の会長である及川竜(おいかわとおる)と組織を越えたところで親交があったせいももちろん、あったろう。状況を把握した旭会の反応は、実に素早いものだった。
辻村組の求めるそのように、迅速かつ秘密裏に動いた旭会の手配に引っかかった加藤がひっそりと辻村組事務所に連れてこられたのは、次の日の夜が更けた頃であった。
出来れば殺すのは控えてくれ。と言い残して旭会の幹部が帰って行った後、辻村組の組事務所の地下へ連れてゆかれた加藤に、激しい制裁と厳しい追及が繰り返される。
だが加藤はどんなに責められても、頑として口を割らなかった。
暴行を受けて悲鳴こそ上げるものの、彼はその合間合間に薄笑いすら浮かべ、知らぬ存ぜぬを繰り返す。
その不遜な態度はいかにも金山の手のものだと思わせたが、悠長にしている暇はなかった。
俊輔たちにとって、稜に繋がる線はもう、この加藤しか残されていないのだ。
これを逃したらもう二度と稜には辿り着けず、無為に時を過ごせば自動的にその線は途切れ、消滅してしまう ―― それをその場にいる男たちは、よく分かっていた。
むろん、加藤もそのことは知っている。
そして辻村組の手の者が自分を殺せないという事実も理解しており、それ故に怒り以上の焦りを滲ませる辻村組の幹部・舎弟を殊更にあざ笑うような態度をとっているのだ。
「 ―― 吐いたか」
聞くに耐えないような悲鳴と嫌な匂いが漂うその部屋に、ふいに俊輔が入ってきて、訊いた。
「いえ・・・どうもしぶとい奴でして・・・」
木刀を手にした白木が、平身低頭の態で答えた。
俊輔は左手の指先から血を流す加藤を見下ろし、小さく両目を眇める。
「・・・こんな風に、ただ爪を剥がしても無駄だ。痛いのは一瞬だからな ―― おい、誰か細めの釘と、熱した接着剤かなんかを持ってこい」
俊輔の命令を聞き、その場にいた舎弟数人が足早に部屋を出てゆく。
ものの5分も経たないうちに命じたものが揃えられ、俊輔は釘の山から1本の釘を取り上げた。
そしてにやにやと笑いながら俊輔を見上げてくる加藤を見下ろす。
「 ―― 悪いことは言わない。あっさり吐いた方が痛い思いをしなくて済むが?」
俊輔は釘を自分の手指に馴染ませるような動作と共に、訊いた。
「知らねぇことは答えようがないだろ、好きにしろよ。そっちこそ、骨折り損のくたびれ儲けってことになるだけだぞ」
薄笑いを浮かべたまま、加藤は答えた。
そんな加藤を見下ろす俊輔の目に、すっと暗く淀んだ影が射す。
「そうか ―― まぁ、やってみるさ。何はともあれ、警告はしたからな」
そう言った俊輔は加藤の身体をテーブルの上に押さえつけるようにと、周りの舎弟に向かって命じた。