13 : 焦熱と狂気
俊輔の命令により、テーブルに向かってうつ伏せに押さえ込まれた加藤の右腕が、テーブルから手首だけを空間に投げ出すような格好で固定された。
俊輔は無造作にその人差し指の根本を掴み、手にした釘を予告も躊躇いも何もなく、指と爪の間に潜り込ませてゆく。
生じた激痛に加藤の顔が大きく歪み、その口から悲鳴が迸る。
だが俊輔はそれが全く聞こえていないかのように、ゆっくりと爪の根本まで釘を打ち込んでから、バーナーで炙られた接着剤を手に取り、打ち込んだ釘に伝わせるように流し込む。
加藤を押さえつけている舎弟や周りの幹部が一様に顔色をなくして見守る中、俊輔は一切表情を変えず、人差し指が終わると中指、それが終わると薬指 ―― といった具合に淡々と同じ作業を繰り返し、身動きを封じられた加藤は言葉にならない、訳の分からない悲鳴を上げ続ける。
薬指に3本目の釘を打ち込んだところで俊輔は顔を上げ、両目から涙をこぼす加藤を見て口を開く。
「どうだ、まだ話す気にならないか?」
それは妙に間延びして、まったりとした ―― どことなく優しい甘さすら感じさせるような声だった。
こいつのこういうやり方には、いつもぞっとさせられる ――――
俊輔と一緒に部屋に入ってきた永山は顔色こそ変えなかったが、戦慄と共にその様子を眺めながら、思う。
これまでの人生で、暴力的な場面なら文字通り山ほど見てきた永山だった。
もちろんただ見ていただけでなく、自ら手を下したこともある。
しかし同じような行為でも、俊輔がやるとそれはいつでも、数割増しで残酷に見えるのは不思議だった。
おそらく行為そのものと俊輔の雰囲気や物言いのギャップが、見る者や制裁を受ける者に行為以上の恐怖を与えるのだろう、と永山は思う。
「・・・っ、し、知ら、ね、って ―― っ、うわ、や、やめ・・・ ―― っ・・・!!」
必死で虚勢を張った加藤が、再び釘に沿って焼け付くような熱い液体を流し込まれ、叫ぶ。
次いで親指、小指にも同じことが成され ―― 部屋に立ちこめる、人肉が焦げるような嫌な臭いの濃度が時と共に増してゆく。
同時に部屋の照明が、どんどん暗くなってゆくようにも思えた。
右手の全ての指に釘が打ち込まれ、次に左手が右手同様にテーブル上に固定される。
すぐさま俊輔が爪の剥がされていない指を掴もうとした、その時 ―― 加藤が、堕ちた。
「・・・もう、やめてくれ・・・、頼む・・・話すから・・・ ―― 」
途切れなく悲鳴を上げ続けた為に掠れた声で、加藤が弱々しく呟いた。
その加藤に、途中から部屋に入ってきた三枝が尋問を開始する。
永山たちが予測した通り、金山は大型のトラックでこまめに移動していること。
使用しているトラックはたびたび乗り換えられているため、今現在の車の型やナンバーは分からないこと。
旭会に身柄を押さえられた前日、愛人に会うために数日間の予定で金山たちと離れたこと。
捕まる直前に金山と連絡を取り、明後日の深夜0時丁度に有明にある倉庫街で再び金山と合流する予定になっていること。
その間の連絡は特に必要ないが、時間厳守で戻って来るようにと念を押されたこと・・・ ――――
釘の先端を爪と皮膚の境目に宛がったまま、今にも拷問を再開しそうな俊輔の、焦熱を纏わせた怒りの雰囲気。
一見冷静に詳細かつ的確な質問をしているように見える三枝の、冷えきった狂気の滲む目つき ―― それらが加藤に、嘘やごまかしを考える余裕を与えなかった。
三枝に問われたことだけでなく、加藤は他の幹部が補足的にする質問にも全て、淀みなく答えてゆく。
だがその加藤も、稜のことについてはよく分からないという返答を繰り返すばかりだった。
普段の稜の管理は全て、金山と彼のごくごく近しい部下が取り仕切っており、他の者たちは稜が金山に何をされているのか全く知らされないのだという。
ただ相当量の薬が投与されているらしいこと、そのせいかかなり弱ってきているらしいという話を聞いた、と言った。
そして続けて、自分が金山と別れた時点では、確かに稜は生きていたと ―― 激しく憔悴しているものの、生きていることは確かだったと言い、そこで加藤は力尽きたように頭(こうべ)を垂れ、口をつぐんだ。
知っていることは全て話しきった、という様子の加藤から視線を外し、三枝は何か他に訊くことはあるか、という風に居並ぶ幹部たちを見た。
幹部全員が黙って首を横に振って答えるのを見て、三枝が立ち上がる。
俊輔も加藤の指先から釘先を引き、立ち上がった。
長い拷問がようやく終わったと、加藤が身体から力を抜き、ほっと息をついた、その瞬間。
俊輔が加藤の右手の指に刺さる5本の釘を、一気に上へ、跳ね上げるように持ち上げた。
これまで以上の、誰も聞いたこともないような激しい悲鳴が、部屋に響き渡る。
「 ―― 始末しろ」
と、俊輔は低い声で命令した。
その命令を聞いた幹部と舎弟が、困惑したように顔を見合わせた ―― 痛みに震え悶えていた加藤も、その言葉に驚愕の表情を見せる。
加藤を含め、そこにいる全員が旭会会長、及川竜からの伝言を、知っていたのだ。
「・・・殺すのだけは控えてくれとの話でしたが」
と、永山が平坦な声で言った。
俊輔は横目でじろりと永山を見て、唇の左端を歪める。
「“出来れば”と言ったんだろう ―― 出来なかった、と伝えろ。竜なら、俺がそう出来ないことくらい見越している ―― とっとと始末しろ。何度も言わせるな」
「・・・分かりました」
永山が答えるのと同時に俊輔はその場に背を向け、部屋を後にした。