18 : 対決の時
「ただ志筑さんが以前と同じレヴェルの無理が利く身体に戻る可能性は、とても低いと思う。特に今は、絶対に無理をさせちゃいけない ―― 肉体的にも、精神的にも。
むろん志筑さん自身にも注意はするが、周りも本人以上にそれを理解して、管理する必要がある。いいか、こういうのは最初が肝心なんだ。ここで少しでも余計な負荷をかけると、後々の経過に大きく響いてくることは、肝に銘じておいてくれ」
流れた沈黙を破って、道明寺が言った。
眉間に凝り固まったような皺を刻んだ俊輔は、暗い顔をして微かに首を縦に揺らす。
「まぁとにかくさっきも言ったように、身体のことは今後長期的に経過を見てみないことには何とも言えないがね。
それと次に、睡眠障害のような症状が出ている節が見られるんだ。これに関しては・・・ ―― おい、組長さん」
ふいに呼びかけられ、俊輔が視線を上げる。
俊輔の目の焦点がきちんと道明寺の顔を捉え、認識するまでに数秒の時差があった。
それを見た道明寺はため息をつき、
「おいおい、大丈夫か。しっかりしてくれよ。俺が何の話をしていたか、分かってるか?」
と、訊いた。
「・・・睡眠障害」
と、俊輔が答えた。
俊輔の返答を聞いた道明寺は二度目のため息をつき、ぱたんと音を立ててファイルを閉じる。
「・・・そのとおり。昨夜、睡眠薬を投与したんだが、相当強めの薬を入れても効きが悪かった。恐らく何らかの睡眠操作をされていたんじゃないかと思う ―― その辺のことは金山に確認してみてくれるか。事と次第によっては、専門的なケアをしないとまずいかもしれない」
「・・・分かった」
と、俊輔が言った。
「で、ここからは相談なんだが ―― 相談というか、確認というか・・・今後のことに関して」
と、道明寺は手にしていたファイルを元の場所に戻した。
「・・・今後のこと?」
「そう。今後1週間ばかりは色々な検査があるし経過の観察もしたいからここにいてもらうが、その後志筑さんを入院させたままにするか、それとも組長さんのところに帰らせるか ―― どうしようかと思ってな」
「退院しても構わないということか?治療は?」
「治療はもちろん継続する。だが場所がここでなければいけないという理由はない。
志筑さんの性格からして、ここにいたら余計な気を遣うだろうし、四六時中気が休まらないだろうと思うんだ。品川のマンションにいた方が、精神的にはいいんじゃないかと・・・、ただ・・・」
「・・・ただ?」
「・・・ただ、問題はあんたなんだ、組長さん」
と、道明寺は言った。
「最初に言ったように、今の志筑さんには絶対に無理をさせられない。一日中べったり一緒にいる必要はないが、きちんと定期的に帰って、志筑さんが規則正しい生活をするように管理出来るか?
あと数ヶ月で駿河会会長に就任するって時期だし、忙しくて無理だというなら ―― 他の人間に頼むようなやり方しか出来ないのなら、ここに入院させていても同じだから、そうするが」
「連れて帰ってもいいのなら ―― その方がいいというのなら、もちろんそうする」
間髪入れずに、俊輔は答えた。
本当に大丈夫か?と道明寺が訊き、俊輔が大丈夫だ、と答える。
「 ―― 分かった。じゃあそういう方向で話を進めておこう。日程の目処がたったら、連絡をするよ ―― ああ、それとさっき頼んだ件は忘れずに確認をして、報告を頼む」
立ち上がった俊輔を見上げて道明寺が言い、見下ろした俊輔は視線だけで頷いて見せ、重い足取りで部屋を出て行く。
その後ろ姿がドアの向こうに消えたのを見届けてから、道明寺は力なく首を横に振り、深い深い、ため息をついた。
囚われていた稜が救い出されたその日、金山を含め、その場にいた男たちの悉くが身柄を拘束された。
だが今回の金山の計画に関わった全ての人間がそこにいた訳ではない。
俊輔からはこの一件に関わった人間を全て洗い出して相応の“償い”をさせろという厳命が下っており、拘束された男たちには苛烈な拷問が科せられ、知る限りのことを吐かされた。
他の組織に関わってくる部分があったため、現在の駿河会会長やその周囲からは危惧の声が上がったが、何を言われても俊輔は考えを変えなかったし、辻村組の幹部や舎弟は誰一人として、それを諫めようとはしなかった。
今回の一件に加え、小林組関係者が旭会の幹部を襲撃するといった事件もあり、小林組と全面闘争の構えを見せていた及川竜率いる旭会の協力をうけ、関わった全ての人間をほぼ特定することが出来た、ある日。
辻村組の地下にある部屋に監禁されていた金山の元に、何の予告もなく辻村組の幹部たちが顔を揃えた。
この数日間、ほぼ水のみを与えられただけで放って置かれていた金山はやつれた顔をしていたが、一番最後に部屋の戸口に姿を現した俊輔を見て、不適な笑みを口元に閃かせる。
俊輔は黙ってそんな金山の前に立って行き、にやにやと笑って見上げてくる金山を、冷めきった目で見下ろした。