== DEATH-tiny-LabYrinTH 10 ==

 死神と別れて俊輔が部屋に戻ってみると、稜は俊輔に言われた通り ―― という殊勝な感覚は稜にはなかっただろうが ―― 既に入浴を済ませ、ベッドに入っていた。
 薄手の布団を肩まで引き被って腹ばいになり、本を読んでいる。
 部屋に入ってすぐに声をかけてみたが稜は返事をせず、声をかけた俊輔を見ることすらしなかった。

 稜の反応を半ば予測していた俊輔は軽く肩をすくめただけで、そのまま部屋についている露天風呂へ足を向ける。
 腹に据えかねることがあった後の稜がこういう状態になるのは、さして珍しいことではない。
 理由もなく不機嫌になられるのは気分が悪いが、稜の不機嫌にはいつも必ずきちんとした理由があった。
 大概が俊輔の不用意な発言のせいであったり、度を超えたからかいのやり方が原因であったりする。
 今回は宿の出入り口という人目のあるところで赤裸々な発言をしたことが気に障ったのだろう、と俊輔は推測していた。

 自分が蒔いた種であることは承知しており、また、こういう場面で変に機嫌をとろうとすると稜が更に頑なになることも熟知していた俊輔はゆっくりと入浴をし、やはりゆっくりと時間をかけて身支度を整え、部屋に戻る。
 稜は先ほどと寸分変わらない格好で本に視線を落とし、近づいてくる俊輔を見ようともしない。

「まだ機嫌が悪そうだな」、と俊輔は言った、「謝るから、許せ」
「何を謝られているのか分からない」、と稜はつっけんどんに言った、「何か謝らなきゃならないことをしたのか、お前」
「ん?旅館の前で溜まっているから風呂に入っておけと言ったのを、怒っているんじゃないのか?」

 首を傾げて俊輔が言うと、稜は手にしていた本をぱたんと閉じて深いため息をつく。

「あれ位でいちいち怒っていたら、とてもじゃないけどお前と一緒にはいられない」
「・・・ふぅん、そうか?じゃあ一体、何を ―――― 」
 と、言いつつ俊輔は何気なく布団をめくり ―― すうっと目を細めてから、にやりと笑う。

 布団の中の稜は、衣服の類を一切身につけていない状態だったのだ。

「不機嫌かどうかは別にして、やる気はあるようだな。ずいぶんと過激に誘ってくれる」
 と、俊輔は懲りずにからかいの言葉を口にする。
「パジャマなんていらないってお前の言葉を、単純に実践してみただけだ」
 と、稜は無表情に言い、言いざま、口調とは真逆のやり方で俊輔をベッドに引きずり込む。

 激しく唇を交わしながら、稜の手が荒々しく俊輔の衣服をはぎ取ってゆく。
 されるに任せ、しかし唇をあわせたままにやにやと笑い続ける俊輔に構わず、這い下りていった稜の手が俊輔の下肢に忍び込み、既に兆し始めている肉茎を強く握り込んで責め立てる。
 性急な稜の所作に微かに眉根を寄せた俊輔が、ベッドの上に放り出していた手をゆるゆると上げる。
 その手はまず稜の肘に触れ、上腕部へと這い上がってゆき、背中から腰を撫で ―― 更に下へと下りてゆこうとしたのだが、それを察した稜が身を捩るようにして俊輔の手を避けた。
 稜の動きに断固たる拒絶の意志があるのを知った俊輔が、苦笑する。

「焦らすつもりか」、と、俊輔は言った、「溜まってるって、言ったろうが」
「焦らしてなんかない」、と稜は言った、「おとなしくしてろ」
「これが焦らそうとしているんじゃなくて ―― 、・・・なんだって言うんだ。断固抗議するぞ」

 途中、濃厚に嬲られている肉茎の先端部分にごく軽く爪先をひっかけられ、思わず顎を上げながら俊輔が言った。

「・・・ったく、うるさい男だな ―― 分かったよ、焦らさなきゃいいんだろう」

 吐き捨てるというのに近い、強い口調で稜は言い、別にどうということはない。というやり方で俊輔の腰を跨ぐ。
 そこまでは面白くてたまらない、という風に稜の行動を眺めていた俊輔だった。
 が、後ろ手に俊輔の肉茎を確かめるようにした稜が、躊躇いも何もなくその先端を後孔に押し当てた瞬間、さすがに黙っていられなくなる。

「おい、ちょっと待て。無茶するな」
 先ほど拒絶されたままベッドの上に投げ出したままだった手を上げて稜の腰を掴んで止め、俊輔が言った。
「別に無茶なんかしていない」
 再び俊輔の手を避けるような素振りと共に、稜が言った。
 しかし今度ばかりは俊輔も、大人しく稜の拒絶を受け入れようとはしない。
「どう考えても無茶だろう。まだろくに、」
「もう準備してある」

 俊輔の言葉を乱暴に遮って、稜が言い放った。
 それを聞いた俊輔は、瞬間、唖然とし ―― 数秒後、唇の左端だけを歪めるようにして笑い、首を左右に振る。

「お前って時々、妙に大胆だよな ―― もう準備してあるって、腰に来ることを言ってくれる。自分でしたのか?」
「他にどんな可能性があるって言うんだ?」
 と、稜が再び俊輔の手を払いのける。
 今度は俊輔も、抵抗しなかった。

 ゆっくりと、ゆっくりと、稜が俊輔の剛直を飲み込んでゆく。

 熱く潤んで震える秘肉に、深く咥え込まれてゆく感覚。
 眩暈にも似た快楽に、俊輔が声を出さずに呻いた。

 そんな俊輔の快楽に溺れかかった表情を、稜がどこまでも無感動に見下ろす。
 やがて、かけられる限界ぎりぎりの時間をかけて俊輔を飲み込みきった稜が、間を空けず、複雑な形に腰を揺らめかす。
 微かに起こった粘ついた水音が、徐々にはっきり鼓膜を打つほどに大きくなってゆく。
 それと正しく比例するように、快楽もまた激しさと濃度を増していったが、それで稜は表情を動かさない。

 まるで機械仕掛けの人形のように、俊輔だけに快楽を強要しようとする稜の右側の耳の縁を、俊輔の手指があやすように撫でた。
 触れてくる俊輔の指は普段の冷たいそれとは違って燃えるような熱を帯びていて ―― 耳の端から溶かされるようだと、稜は脳裡の片隅でぼんやりと思った。

「 ―― 一体、何をそんなに怒っているんだ」

 指が纏うのと同じ熱に浮かされた声で、俊輔が囁くように、訊いた。