== DEATH-tiny-LabYrinTH 15 ==

 目を開けてまず視界に飛び込んできたのは、三枝と永山の心配そうな顔だった。

「 ―― 何でおまえらまでここにいるんだ・・・、まさかおまえらも一緒に・・・?」
 ぶつぶつと、俊輔は呟いた。
「・・・甲斐、道明寺先生を呼んでこい」
 ちらりと後ろを振り返って三枝が命じ、短い返答に続いて扉が開閉する音が聞こえた。

 三枝の言葉を聞いた俊輔は、改めてあたりに視線を泳がせる。
 よく見るとそこは、新宿のはずれにある、道明寺医院の病室だった。

 壁に掛けられた時計を見てみると時刻は11時に近く、死神が予告したタイム・リミットは、とっくに過ぎ去っている。
 一体どういうことなんだこれは?と呆然としている俊輔の元に、甲斐に先導された道明寺がやって来た。
 道明寺は手早くあれこれ俊輔の身体を診察し、特に異常はないこと、先ほどとった脳波も問題はなさそうだから気分が悪くないようなら帰っても構わないが、明日改めてもう少し詳しく診察することになるから泊まって行っても構わない、と言って部屋を出ていった。

 意味が分からない、と俊輔は思う。
 死ぬのは今日だったはずだが、どうやら自分は生きているらしい。
 最初はあの襲撃で永山たちまで殺されてしまったのかと思ったが、道明寺までいるのはおかしい。

「・・・一体、なにがどうなったんだ」
 と、俊輔は訊いた。
「いやぁ、すみません」
 と、永山が頭をかきながら謝った。
「あの突然の襲撃に、周りにいたのが全員、慌てちまいましてね・・・寄ってたかって、会長を引き倒してしまいまして」
「・・・仰向けに倒された会長はしたたかに後頭部を地面に打ちつけて、脳しんとうを起こされたんですよ」
 と、三枝が永山の言葉を引き継いで説明した。
「・・・脳しんとう?」
「ええ ―― 一瞬銃弾を受けられたのかと肝を冷やしましたが・・・、大事に至らなくて、本当に良かった。
 今回会長を襲ったのは台湾の四海幇(しかいほう)の息がかかった者で、既に拘束済みです。先だって我々が六本木の麻薬ルートのひとつを潰したのを恨んでのことでしょう。まさか会長を襲撃までしてくるとは思いませんでしたが、以後、会長の警備をもう少し厚くします。申し訳ありませんでした」
「・・・いや・・・、まぁ、それは・・・」
 と、俊輔は歯切れ悪く頷く。
 自分の置かれた状況がまだしっかりと理解出来ず、戸惑いを消せなかったのだ。

「ただ一点、解せない点がございまして・・・」
 意識を取り戻して間もない俊輔がぼんやりしているのを気遣いつつも、言わずにはいられない、という風に三枝が口を開く。
「解せない点?」、と俊輔が訊いた。
「志筑さんのことです」、と三枝が答えた。
「稜?稜がどうかしたのか」
「実は昨日、志筑さんから私に連絡がありまして・・・、会長に知られずに、明日 ―― 今となっては今日ですが、会長のスケジュールに同行したいとおっしゃいまして」
「・・・何だって?」
「私もおかしいと思いまして理由を訊いたのですが、教えてはいただけませんでした。とにかく今日いっぱいの会長のスケジュールに同行したい、でも会長にはそれを知られないように、と繰り返されるばかりで・・・」
 未だに得心がいかない様子で、三枝は首を左右に振った。
「今にして思えば、今日の襲撃のことを予めご存じだったのでは、とすら思えまして・・・、むろん志筑さんが裏から手を引いていたなどとは思いません。襲撃の直後にも真っ先に会長の側に来られまして、取り乱されていらっしゃいましたし」
「それで、稜はどうしたんだ?」
「つい先ほどまでここにいらっしゃいましたが、会長に問題がなさそうだと道明寺に聞いた直後に、帰ってしまわれました ―― なにもかもが、どうにも納得出来ません」

 と、三枝は言った。
 しかし納得が出来ないという点では、三枝以上に現状に納得することが出来ない、俊輔であった。
 とにかくもう少し休んでいてください。と言って永山と三枝が病室を出ていったのと入れ替わるようにして、死神が病室に姿を現した。

「おい、一体なにがどうなってる?」
 開口一番、俊輔が訊いた。
「言ったとおりだよ。予定が変更になった」
 窓枠に軽く腰をかけるようにして、死神が答えた。

 確かに俊輔は意識を失う直前、死神に似た声を聞いた。
 気のせいかと思っていたが、やはりあれは死神の声だったのだ。

「予定が変更って、どういう意味なんだ。上が決めたことは絶対じゃなかったのか?」
「うん、まぁ、本来はそうなんだけどさ」
「じゃあどうして」

 畳みかけるように訊いてくる俊輔から視線をはずし、死神はたてた髪の束を無造作に引っ張った。

「んー、何て言えばいいのかな・・・、こっち流に言うと、ストが起きた・・・みたいな?」
「スト?ストって、ストライキのことか?待遇が気に食わなくて、集団で仕事放棄する、あれか?」
「そう、そのストライキ」
「なんだそれは・・・あの世にもストライキがあるのか」
「滅多にないよ、俺も実際に目にしたのは初めてだし」
「・・・それと俺の生き死にが、どう関係するんだ」
「関係っていうか、ストの理由があんたなんだ」
「はぁ?」
 意味が分からず、俊輔は顔を歪めた。
 そんな俊輔の表情を褪めた目で見ながら、死神は続ける。
「つまり、あんたを死なせるなって、上層部がこぞって職務放棄したんだよ。で、あの世のシステムのあれこれが全く立ちゆかなくなって、今回のあんたの死はなかったことになった。簡潔に言うと、そういうことだ」
「そういうことって ―― 簡潔すぎて、意味が分からん。何であの世の上層部が、俺の死を巡ってストなんか起こすんだ」
「・・・今のあの世の上層部は、志筑家が牛耳ってるんだ」
「・・・は?」
「異例ずくめの大出世の連続だった。人がよくて寛大で、でも冷静なところは冷静で、無駄に感情に流されない ―― あの世で徳とされているものを志筑家の面々は最初から持ってた。普通はあの世に行って、何百年と修行しないと得られない境地なんだけどね。
 で、彼らがいろいろなことを見ていて、俊輔が今死んだら稜はどうなる!ってな、ものすごい怒ったわけ。怒り狂うっていうのに近かったね・・・本来ならそんなの聞き入れられないんだけど、上層部の8割方が志筑家の血族で固められてる今、トップもその意見を蔑ろに出来なくて、あんたの今回の件は超特別待遇で白紙に戻されたって訳。理解出来ましたか?ドゥユ・アンダースタン?」

 と、普段通りのふざけた口調で最後、死神は言ったが ―― 俊輔は呆然としたまま、二の句が継げなかった。