== DEATH-tiny-LabYrinTH 16 ==
「・・・あの世を稜の親戚が牛耳ってる・・・だって?」
呆然とした口調で、俊輔が呟く。
それを見た死神が、面白そうに頷く。
「そうそう。志筑家は元々上層部にいく確率が高かったんだけど、ここ数十年でどかんとその数が増えてさ ―― だからあんた、本当に死ぬときまでにきちっと覚悟を決めといた方がいいぜ」
「・・・覚悟?」
「とぼけんなよ、自分が志筑稜にしてきたことを考えてみりゃ、分かるだろ?みんなものすごい怒ってるから、マジできっちり覚悟して死ぬんだな」
「 ―― 俺が彼らと同じところに行けるとは思えないが?」
「あー、天国と地獄説も人間の勝手な想像だから。そりゃ悪いことばっかして来た奴はそれなりの罰は受けるけど、死んで行くところはみんな一緒。善きも悪しきも」
「・・・、・・・ふぅん・・・」
と、俊輔は喉の奥だけで言った。
再び彼らと会って、頭ごなしに叱られる ―― そう想像してみたとき胸に生じるのは、嫌悪や拒絶とはほど遠い感情だった。
俊輔のその胸の内を正確に推し量っているのだろう、死神は呆れたように笑って肩を竦める。
「あんたも相当頭がぶっ飛んでんな、今更だけど」
「・・・そんなTシャツを着た死神に、ぶっ飛んでるなんて言われたくない」
と、俊輔は言い、死神の着ているTシャツ ―― 発売直後にクレームがつき、差し替え騒ぎを起こしたガンズ・アンド・ローゼスのファースト・アルバム「アペタイト・フォー・ディストラクション」の曰くの初回版ジャケット・イラストがプリントされている ―― を見て、呆れたように口を歪めた。
しかし俊輔はすぐに表情を改めて背筋を伸ばし、
「 ―― なぁ。ひとつだけ、訊いてもいいか」
と、言った。
死神は横目で伺うように俊輔を見ていたが、やがて小さく肩をすくめ、
「・・・訊きたいことがあるなら、訊いてみれば」
と、言った。
「じゃあ訊かせてもらう ―― こういう展開にならなかった場合、俺はどうやって死ぬはずだったんだ?」
と、俊輔は訊いた。
「あんたが想像してる通りだよ・・・たぶんね」
と、死神は答えた。
「例の刺客の放った銃弾を受けて、あんたは即死する予定だった」
「・・・、・・・それで?」、と、少し間を空けてから、俊輔は言った。
「それでって何だよ?“それで”も、“それから”も、何もねぇよ。即死して、そこで終りだ」、と死神はにべもなく答えた。
俊輔は苦笑する、「意地が悪いな ―― 俺が何を訊きたいか、分かっているくせに」
「知るかよ」、と死神は言う、「ひとつだけ、どうやって死ぬはずだったんだって訊かれたから、ちゃんと答えただろ」
「分かったよ、じゃあその続きを教えてくれ。俺が死んだ後のことを」
へそを曲げた死神の機嫌をとるように、俊輔は言った。
死神は数瞬躊躇ってから、深いため息をつく。
「まぁここまで来たら隠し立てしてもしゃあないか ―― あの台湾マフィアが雇った刺客が手にしていたのは、散弾銃だった。覚えているか?」
「ああ」
「ちなみに銃はベネリM4。イタリアやスペインの特殊部隊が使ってる、威力のあるショット・ガンだ。あんたはそれで撃たれた ―― 腕のいい刺客だった。狙いは的確で、躊躇いもなかった」
そこで死神は口を閉ざし、しばらく病院の天井と壁の境目あたりを眺めていた。
「ここから先の展開は、正直俺もあまり思い返したくない。俺が100年に一度と定められた介入の決意を固めたのも、そこにあるわけだから・・・言葉で説明して伝えられるものでもない。だから概要だけを話す。
襲撃されて即死したあんたの身体は、見るも無惨な状態だった。正に蜂の巣ってやつだ。あんたの部下たちはあんたの死体を志筑稜に見せなかった。志筑稜は見たいと言った。ちゃんと確認したいから会わせてくれと懇願した。何て言ったっけ、あの女 ―― 駿河菖蒲か、彼女も見せるべきだと言ったんだが、幹部たちは頑として許さなかった。愛している人間には、あまりにも酷だと言って。結局あんたの死体は一度も志筑稜と対面させられることなく、全てが片づけられた」
一気にそこまで言って、死神は息をついた。
俊輔は何も言わなかった。
「志筑稜は、信じなかったんだよ ―― 信じられなかった・・・いや、信じたくなかったのかもな・・・」
やがて死神が、囁くように続けた。
「あんたの死体すら目に出来なかった志筑稜は、あんたの死を受け入れることも、信じることも出来ず、あんたがいつか帰ってくるんじゃないかっていう希望を捨てられなかった。今日こそは、明日こそは、きっと、絶対、って・・・死んだあんたを延々と待ち続けた ―― それに気づいたあんたの部下たちは、ようやく自分たちが取り返しのつかない過ちを犯したことに気づいたが、そのときにはもう、何もかもが遅かったんだ、・・・・・・」
死神の小さな、小さな声で続けられる話に耐えられなくなった俊輔は、思わずあげた右手で目元を覆った。
死んだ者を延々と待ち続けるということ ―― それは決して、永遠に報われない希望を抱いて生きると言うことだ。
それを虚しいと言えばいいのか、哀しいと言えばいいのか、俊輔には分からなかった。
目元を覆ったまま、彫像のように動かない俊輔の姿を見ていた死神はやがて、わざと足音をたてて俊輔の前まで歩いていった。
目の前に立った死神を、ゆっくりと顔を上げた俊輔が見上げる。
そんな俊輔を見下ろして、死神は口を開く。
「どうしようかと迷ったけど ―― やっぱり言っておくことにする」、と死神は言った、「実は今回のこと、志筑稜は最初から全部、知ってるんだ」