== DEATH-tiny-LabYrinTH 17 ==

「 ―― 何だって?」
 死神が口にした言葉の意味を上手く把握出来ず、俊輔は訊き返す。
「だから。志筑稜は知ってんだよ。あんたが今日死ぬはずだったってことをさ」
 なんということはない、とでも言いたげな軽い口調で、死神は説明する。

 信じられない ―― 信じたくない ―― 死神の唐突な告白に俊輔は黙りこくったまま、瞬きすらしなかった。
 死神は強張った空気を誤魔化すようにぐしゃぐしゃと後頭部の髪の毛をかき回しながら、続ける。

「一番最初にあんたのところに行った夜、ちょっとした気まぐれで志筑稜を見に行ったら、あーら不思議ってな具合にぺろっと姿を見られちゃってさ。誤魔化そうと努力はしたんだけど、やっぱどうにも誤魔化しくれなくって・・・、いや、あれは俺にとっても正真正銘、生まれて初めての経験で、びっくりしちゃって言い訳する言葉が上手く出てこなかったっていうのが正直なところかな。
 で、まぁ、当然っちゃ当然だけど最初は相当びっくりしてたし、怯えてたよ。そりゃあそうだよな、突然部屋に知らないオトコがいるって状況は、あの志筑稜にとっちゃ唐突に地獄に放り込まれるようなもんだし・・・こうなったらもう仕方ないって、腹くくって全部説明したんだけど、そしたらアノヒトってばまたとんでもないこと言うから、気の長い俺様も思わずキレちゃって ―――― 」
「・・・おい、ちょっと ―― ちょっと待て」

 ぺらぺらとしゃべりまくる死神を、俊輔が手をあげて遮る。
 そしてあげた手はそのままに、ゆっくりとベッド・ヘッドにもたせていた背を延ばし、死神に向き直った。

「つまり ―― つまりお前は、そもそもの最初から、稜は何もかも、全てを知っていたって話をしているのか?」
「・・・ああ、うん。そうだよ」
「そうだよって ―― 簡単に言うな・・・!どうしてそれを最初に教えてくれなかった?」
「ああもう、分からない男だな。そんなこと言われても困るんだっつの。俺はあんたらの行動そのものを左右するような口出しは許されてねぇんだって、何度も言ったろ」

 素っ気なく、当然のことのように答える死神を見て、俊輔は全身の力が抜けてゆく感覚を覚え、ベッドについた右手で身体を支えた。
 どうも稜の様子がおかしいと思っていたが、今回の話を知っているのではそれも当然だった。

「・・・それで」
 この後一体どうすればいいのかと頭を悩ませつつ、俊輔は力なく訊いた。
「ん?それでって?」
 微かに眉を跳ね上げて、死神がとぼけた。
「とぼけるなよ。何か話しかけてただろう。キレたとかなんとか」
「・・・あー・・・」、と死神は決まり悪そうにこきこきと首を回す、「ついでみたいに言えなかったなら、あんまり言いたくないんだけどな、これは・・・」
「今更何を言ってるんだよ。言いかけたことは言えよ。何だ」
「・・・んー・・・、怒んねぇ?」
「これからどうすればいいのか考えるだけで精一杯で、怒る気力なんか、もうない」
「あっそう・・・そうかな・・・、んん、まぁいいや、じゃあ言うけど ―― 俺が死神で、あんたを連れに来たって知った志筑稜は、何とかお前を助けてくれって、あの手この手で健気に懇願してきた。もちろん俺は、何をしても無駄だってきっぱりと言った」
 と、死神は言い、黒い皮のジャケットの右側の襟の角を小さくひねった。
「それでも志筑稜は食い下がってきて、挙げ句の果てに何でもするからとか言いやがった。お前がいなきゃ自分が生きている意味がなくなるから、何でもする、だからお前を連れて行かないでくれって ―― そりゃあもちろん俺だって、生きたくても生きられない人がいるのに・・・なんて偽善的なことを言う気はサラサラない。けどな、なぁんか・・・あの志筑稜って人間の口からそれを聞いた瞬間、どうにもこうにも腹が立つのを止められなくってね。“何でもする”なんて、口先だけで簡単に言うなって思ったし ―― だから、じゃあ抱かせろって言ってやった」

 さらりとした口調だったが、それを聞いた俊輔の顔色が瞬時に変わる。

「・・・何だって・・・?」
「だから。セックスさせろって、言 ―― っ、・・・!!」

 と、死神が言い終わらないうちに、飛び出すような勢いでベッドから下りた俊輔の手が、死神の胸ぐらを掴み上げる。
 が、脳しんとうを起こして間もないせいだろうか、立ち上がった瞬間に俊輔の身体は大きく傾いだ。
 Tシャツを掴みあげられた勢いと、俊輔がよろめく勢いが折り重なった力で壁に押さえつけられた死神は、やっぱりこうなったよ、とでも言いたげな顔で口元を歪める。

「・・・ってぇな・・・、くっそ・・・」
「俺のこれまでの人生をひととおり見たと言うなら、稜に何があったか、よく知っているはずだろう!よくも ―― よくもそんな・・・!!」
「・・・、苦しいって、放せよ・・・ああもう、だから言いたくなかっ ―― っ、・・・・・・!!」

 ギリギリと喉元を締め上げられ、再び叩きつけるように壁に押しつけられた死神の顔が、歪んでゆく。
 通常なら大の大人が束になって掛かってきても、指先一つではねのけられるはずだった。
 だが俊輔の発する怒りのオーラの凄まじさに侵されたように、死神は俊輔の手から逃れるための力を奮うことが出来ない。

「は ―― なせって・・・ち、っくしょう、なんだこれ・・・ ―― っ、放しやがれ・・・っ!!」

 全身全霊を込める、というのに近いやり方で、死神は首を締め上げる俊輔の手をはずそうと試みる。
 やがて一瞬、ふっと俊輔の手に込められた力が軽減した。
 抜けた力はまたすぐに俊輔の手指に蘇ってきたものの、死神はその一瞬を逃さなかった。

「お前はあの志筑稜が怯えたとか怖がったとか思ってんだろ、でもそうじゃなかった!!」
 と、隙をついて俊輔の手から逃れた死神が、怒鳴った。
「全然そんなんじゃなかった、あいつは ―― 志筑稜は、好きにしろって言った。平然とした表情で服を脱ぎながら、この身体なら好きにしていいって言った・・・!」

 死神の怒鳴り声を聞いて固まった俊輔の手を乱暴に払いのけた死神は、荒くなった息を整えてから身体を起こし、真っ直ぐに俊輔を見据えた。