== DEATH-tiny-LabYrinTH 2 ==
分が悪すぎる、と俊輔は思う。
なぜなら俊輔は部屋のほぼ中央付近にいて、稜が出ていったドアからも、三枝の部屋に続くドアからも、それなりの距離があったからだ。
逃げるからには当然、今立っている場所から動かなければならない。
動けばその分、隙が生まれる。
正に絶体絶命というような状況だった。
これまで命の危険を感じる場面には何度も出くわしてきた俊輔だったが、ここまで逃げようのない危機的状況に陥ったのは初めての経験だった。
そもそもこの男はどこから入ってきて、これまでどこに隠れていたのだ、と俊輔は思う。
いくらなんでもこのビルの最上階にあるこの部屋まで、誰にも見咎められることなく他の組の手の者が侵入するなど常識的に考えれば有り得ない話だが ―― 男がここにいるのは事実なのだ。
どちらのドアから、どう逃げるべきか。
あるいはどのようにして、外にいる幹部や舎弟たちに、この危機的な状況を知らせるか。
めまぐるしく頭を働かせながら、俊輔は口を開く、「どこの組の差し金だ?」
訊ねられた男は、はぁ。とため息をついて言う、「組とか、そういうのは関係ないから。俺は死神だって、言っただろ?」
「そういう比喩的表現に付き合う気分じゃない。早く答えろ」
と、俊輔は言った。
「あのねー、比喩とかじゃないから、これ」
と、男は言って、チェストの上で左右の足を組み替えた。
「大体、もしあんたの言うとおりに俺がどっかの組の鉄砲玉ってやつなら、暢気に“10日後に”なんて予告する訳がないだろ。この場でズドンとやって、それで終りだ。違う?」
俊輔は黙ったまま、何も言わない。
男は続ける。
「それにこの俺が、刺客とかに見えるか?」
確かに男の容姿はロック・アーティストか、ロック・アーティストに心酔するファンのそれだった。
ずば抜けて目立つ格好ではないかもしれないが、かと言ってたやすく群衆に溶け込める恰好でもない。
裏組織のトップを殺そうとするには、相当イレギュラーな恰好と言えるだろう。
だが刺客には見えないものの、死神に見えないのも、事実だった。
そう思いつつ黙り込んだ俊輔の内心を読んだかのように、死神と名乗った男は面白そうに声を上げて笑った。
「まぁ、そうだよな、あんたの考えてる通り、確かに俺は俗にいう“死神”っぽくはないよな。
あんたたちの考えてる死神ってのは、アレだろ、黒いマント着て、顔は骸骨で、大きな鎌を振りかざして ―― ってカンジだろ?でも俺も死神やって長いけど、そんな恰好でうろうろしてる死神なんて見たことない。そもそも死神ってのは、いわゆる天使の一部だしね、実は」
「 ―― 天使?」
「そうそう。あー、あー、あー、分かるよ、天使ともイメージは違うんだろ?あんたたちの想像上の天使っていうと、精神病院の入院患者が着てるみたいなパジャマ姿で頭に輪っか浮かせて、背中にちっちゃい羽生やして・・・だもんな。でも黒マントに鎌振りかざした死神がいないのと同様、パジャマ的な姿でうろうろ飛び回る天使もいない。
それに天使って一言で言っても担当している仕事は色々で、誕生を司るのもいれば、俺みたいにその逆 ―― つまり死を司ってるのもいるわけ。この世はおしなべて表裏一体だけど、それはアッチの世界でもおんなじ」
「・・・証拠は?」
と、やがて俊輔は固い声で言った。
「証拠?俺が“死神”だって証拠?」
と、死神と名乗った男は言った。
俊輔が黙って頷くと男は微かに笑い、ゆっくりと右の手を空中に差し上げた。
そして男が空中に差し上げた手の指をぱちんと鳴らした瞬間 ―― あたりに雷鳴が轟き、部屋に雷光が射し込み ―― その青白い光は男の後ろの白い壁に、黒々とした1対の翼の影を浮かび上がらせた・・・ ―――― 。
俊輔の部屋の白い壁に映りこんだ翼の影は浮かび上がった次の瞬間に消えたが、その圧倒的な印象は影が消えた後も薄れることはなかった。
俊輔は黙りこくり、死神はそんな俊輔の様子を暫く、じっと見つめていた。
その視線には積極的な興味のようなものは薄かったが、かと言って無関心という風でもなかった。
「・・・宝くじより、当選率は低いんだよ」
やがて死神が、言った。
俊輔は固まったまま言葉は発さなかったが、その眉根が意味が分からない。という風に小さく寄せられる。
全く言葉が聞こえないわけではないらしいと判断した死神は、再び足を組み替えて続ける。
「各死神は100年に一度、担当する死者の最後の10日間に介入することを許されてるんだ。介入って言ってもそれほど大きなことが出来るわけじゃなくて、死ぬ用意や、心づもりをさせる猶予期間を与えられるだけだけどね。
因みに“当選者”を決めるのは、各死神の裁量に任されてる。だから死神によっては、凄く適当に選ぶ奴もいるよ、100年間の担当人数分のカードを作って誰かに引かせたり、数合わせみたいにしてサイコロ振って数字を出したり・・・でも俺はこう見えても根はとっても真面目だから、担当する一人ひとりのことをじっくり検分してみてる ―― で、最終的にあんたを選んだわけ」
「・・・俺を選んだ理由は?」
「俺がその一人を選ぶ時に重要視することは、その死がどれだけ悲惨かってことで ―― っていうか、うーん、“悲惨”っていうと語弊があるかな。死ってのはどれも大なり小なり、悲惨なものだからな。
でもとにかく、あんたのところが他の誰よりも悲惨だった。それが理由だよ」
「悲惨?」、と俊輔が訊いた。
「そう」、と死神が答えた。
「・・・悲惨って、死に方がか?」、と俊輔が重ねて訊いた。
「・・・いや」、と死神が首を横に振って答えた。
死神の答えを聞いて考え込んだ俊輔の顔に、やがて暗い影が差す。
「 ―― もしかして・・・稜か・・・?」
強張った声で俊輔が言い、死神は静かに頷く。
「・・・、どんな・・・?」
流れた長い沈黙を破って、俊輔が訊いた。
「聞かない方がいいと思うよ、たぶん」
平坦な声で、死神が答えた。