== DEATH-tiny-LabYrinTH 4 ==
睨み合いの末、最初に口を開いたのは死神だった。
「えー、マジかよ・・・、なんで見えちゃってんの?」
と、死神はひとりごちた。
「動くんじゃない!!」
顔色を失ったまま、稜は叫んだ。
男の呟きは意味不明だったが、そのときの稜はそんなことに思いを馳せている余裕はなかった。
「近寄るな・・・!!」
「・・・っ、うわ、わ、分かったっ、分かったから、話、聞けって・・・、っ!」
稜が手当たり次第に投げてくるクッションやら何やらをよけながら、死神も叫んだ。
が、投げるものがなくなった稜が傍らにあった小さなコーヒー・テーブルに手をかけたのを見て、流石の死神も慌てる。
「おいおいおいおい、いくらなんでも、それはまずいだろ・・・!」
「怪我したくなかったら、とっとと出て行け・・・っ ―― っ、・・・!?」
制止の声を無視して、振りかざしたコーヒー・テーブルを死神に向けて投げつけようとした稜に向けて、死神が強く手のひらを突き出すようにした。
その途端、身体が金縛りにあったかのように動かなくなり、稜は愕然とする。
何度も何度も、必死で身体を動かそうと努力したが、小指の先ひとつ、自由にならない。
こうなったら、と叫び声を上げようとしてみるが、身体と一緒に声帯まで麻痺しているようで、声すら出なかった。
振りあげたコーヒー・テーブルごと置物のようになった稜を見て、死神は屈めていた背筋をゆっくりとした速度で伸ばし、大きく息を吐いた。
「 ―― 落ち着けって。落ち着いて、窓を見てみろ。首だけ、動かせるようにしてやるから」
「・・・、っ?」
ふっと首から圧力のようなものが抜けるのが分かったが、稜はそれでも動こうとしなかった。
男から視線を外すのが、怖かったのだ。
死神は大丈夫だという風に首を動かし、稜を促すように自分から窓を見る。
「・・・ほら、いいから見ろって。俺はここから一歩も動かねぇから」
そう言われて稜は注意深く、視線だけを小さく動かしてちらちらと窓に視線をやっていたが ―― やがてそこに映る、あり得ない光景に目を疑った。
まだカーテンを引いていない窓ガラスには、部屋の中央部でテーブルを振りあげる稜の姿が映っている。 が、稜の数歩前に立っている男の姿は、そこには映っていなかった・・・ ―――― 。
「・・・これは、いったい・・・」
やがて茫とした言い方で、稜が呟いた。
「人間の作った鏡やガラスには、俺の姿は映らないんだ」
と、死神は静かに言い、ゆっくりと右手を下ろしてゆく。
それと同時にコーヒー・テーブルを持つ稜の手も、下に降りてゆく。
「この世界で俺の姿を映し出せるのは雷の光と、純度の高い、きれいな水だけ。山の奥の奥とかの、わき水とかだね。今の日本には、滅多にないけど」
「・・・、・・・何を言っているのか、分からない・・・」
「だろうね。俺としてもこれは予想外っていうか想定外っていうか、とにかくもんの凄くびっくりしてるんだけど ―― でもまぁ、今更誤魔化しても仕方ないっていうか、誤魔化しようもないから本当のことを告白すると、俺は死神なんだよね」
と、死神は言った。
再び、稜は唖然とする。
信じられない、とか、
人を馬鹿にするな、とか、
ふざけたこと言うな、とか ――――
普通の状態であれば、そう言って目の前にいる男を詰っていたに違いない。
だが男にはどう考えても普通ではない ―― 普通という言葉が馬鹿馬鹿しく思えてしまうほど ―― 異様な部分が多すぎた。
窓ガラスに映らないことや対する人間の動きを封じることが出来る様子なのももちろんだが、このマンションのこのフロアに見知らぬ者が入り込むことが絶対に不可能であることは、稜が一番よく知っていた。
以前このフロアには他の住人がいたが、今ではこの上下のそれぞれ2フロア全てを俊輔が買い上げていた。
そしてマンションの出入り口やエレベーター部分などの要所要所はもちろん、その周りのいくつかのマンションの部屋が押さえられ、そこから24時間365日、このマンションは厳しい監視の元に置かれている。
少しでもおかしい人間がうろつけば、すぐに分かるようになっているのだ。
見たこともないこの男が、その誰にも見咎められずにこの部屋に入り込むなど、どう考えても絶対に不可能なはずだった。
「・・・死神、って・・・じゃあ、つまり ―― 」
やがて稜が、たどたどしく言った。
「そう。文字通り死を扱う神だよ。ま、神とか言っても、俺は上からの命令で動いているだけの、下っ端なんだけどね」
ゆっくりとした口調で、死神は言った。
「・・・と、いうことは・・・、俺は死ぬのか?」
と、稜が訊いた。
「いいや」
と、死神が答え ―― 再び流れた沈黙の中、徐々に、戻りかけていた稜の顔色が失われてゆく。
「・・・まさか・・・」
と、稜が乾いた声で呟く。
「・・・そうだよ」
と、やはりゆっくりとした口調で、死神は言う。
「俺は辻村俊輔を、連れに来たんだ」