== DEATH-tiny-LabYrinTH 5 ==
俊輔の命をとりにきたのだという死神の言葉を聞いた稜は最初、真っ青な顔をして俯いていた。
しかし徐々に、稜の顔つきはしっかりとしてきて、その双眸にめくるめく炎のような決意が漲ってゆく。
死神はそんな稜の変化を、黙って眺めていた。
「・・・いつ?」
やがてきっぱりと顔を上げて、稜が訊いた。
「10日後」
どうでもいい、興味のないことを話すような口調で、死神が答えた。
「どこで・・・、どうやって?」、と稜は重ねて訊いた。
そこで死神はため息をつく。
「あんた、それ聞いてどうする気だ?あいつが死ぬのを阻止しようとか、考えてる?」
稜は唇をきつく引き結んだまま答えず、死神は再び大きく息を吐いた。
「もしそうなら何をしても無駄だぜ、言っておくけど」
と、死神は言った。
「なぜなら俺たちの仕事は、決められた日に、決められた奴の命を取ってくることだから。ま、一応筋書きは決まってるけどね、でもそれは一応こんな感じでヨロシクねー。ってレヴェルで・・・つまり重要なのはストーリーじゃなくって、結果なわけよ。分かる?」
「あいつは死なせない」
死神のふざけた物言いを無視して、ゆっくりと、きっぱりと、稜は言った。
「なにがあろうと、絶対に」
「・・・あんたも分かんない人だな。これは決まってることなんだから、なにをしても無駄だっつの」
「あいつは絶対に、死なせない」
「つまり、神の決定に逆らおうってわけ?」
「あいにく俺は無神論者だ。誰の決定だろうと、知ったことか。あいつは死なせない」
「・・・あのさぁ、こういう風には、考えられないか?」
頑とした口調で繰り返す稜に向かい、噛んで含めるような口調で、死神は言う。
「本来なら誰がいつ死ぬかなんてことは、人間には絶対に分からない。事情があって今回はこんなことになっちまったけど、本当なら辻村俊輔は10日後に突然、何の予告もなく死ぬはずだったんだ。そう考えれば、数日でも猶予期間が与えられてラッキーなんだって、思えねぇか?
あと数日、あんたはとにかく、意地はったりひねくれたりしないであいつに接して、少しでも後悔しないで済むようにしながら、気持ちよくあいつを送り出してやれよ。じゃなきゃ何のために俺がこんなことをしてるのか、分からなくなっちまう」
そう、死神が俊輔の人生の最後に関わろうと決めたのは、俊輔を失った稜の状態があまりにひどかったからだ。
つまり俊輔の、というより稜の存在こそが100年に一度の介入の決意を、死神にもたらしたと言っても良かった。
だがそれはそれとして、死神は稜の思考回路には今一つ理解や同情が出来ないでいた。
むろん死神が見聞き出来るのは担当する人間の情報だけであったから、詳細な稜の思考の仕組みが見えて来ないという理由も、そこにはあるかもしれない。
しかし実際に稜本人の人生をその思いと共に見たとしても、この男のことは理解出来ないのではないか、と死神は感じていた。
抱えている苦しみや辛さを俊輔の前ではいっさい見せないこともそうだが、俊輔本人にはまともに示さない愛情や執着を、こうして他人に対してはさらけ出して見せたりする ―― そんな稜のやり方が、死神はあまり好きになれなかった。
そんなの本人に見せてやらないと駄目じゃないか、と死神は思うのだ。
愛情というのは元来、そういうものであるべきじゃないか、・・・ ―――― 。
「やめてくれ ―― 頼むから」
と、稜は懇願する。
「俺が出来ることなら何でもする。何でもするから、だから ―― あいつを連れていかないでくれ。頼む」
「・・・、あのねー、何でもするってあんた、どうしてそこまで自己を犠牲にしなきゃならないんだよ、そもそも・・・」
「あいつがいなくなったら、俺が生きている意味がなくなるんだ」
死神の言葉を遮って稜が激しい口調で言い切り ―― それを聞いた死神の顔に、さっと朱が走る。
「“生きている意味がなくなる”だって?だから“何でもする”ってのか?何でも? ―― そうかよ、じゃあ訊くけどあんた、俺がヤらせろって言ったら、はいどうぞって言えるか?俺にその身体を差し出して、好きなようにさせられるか?」
「・・・、っ・・・!」
一瞬にして唇まで紙のように白く、血の気を失わせた稜を見て死神は鼻に抜けるような笑い声を漏らす。
「 ―― 無理だよな、そうだよな。
これはあくまでも推測の域を出ないけどあんた、最近じゃ俊輔以外の男に触られるのはもちろん、他の男が触ったものに触るのすら、気持ち悪いって、感じてるんじゃねぇの?そんなあんたが他の男とセックスなんて、出来る訳がねぇよ、そうだろ、なぁ?」
稜は答えず、死神は口元に浮かべていた稜を馬鹿にするような笑いを素早く回収し、顎を薄く上げて天井を見上げた。
そして講義中の教授が教壇を歩くような足取りで、稜を中心として描いた円周上をゆっくりと歩く。
「“何でもする”なんてそんなこと、軽々しく口にするんじゃねぇよ。残酷な例えを出して悪かったけど、無理なもんは無理だろ、それは仕方のないことだ。
“何でもする”って思えるなら、それをこれから自立して生きることに向けりゃいいだろう。そうすれば ―― って、おい、あんた、なにしてんだ?」
言葉の最後のところで稜へと視線を戻した死神は、稜の手がワイシャツのボタンを淀みなく外してゆくのを見て、呆然とする。
「ちょ ―― 、ちょっと待てって、あんた、なにしてんだよ!?」
全てのボタンを外したワイシャツを脱ぎ捨てようとする稜の手をつかんで、死神は叫んだ。
死神の視線を間近にしても稜は微動だにせず、その視線を受け止めて跳ね返す。
「俺のこの身体なら、好きにしていい」、と稜は抑揚のない声で言った、「“あのとき”、俺が何人の男にやられたと思う?あんた、知ってるなら教えてくれよ。俺はあれから何度も考えてみたけど、どうしても正確な人数が思い出せないんだ。いくら考えても、未だに分からない」
そこで稜はいったん言葉を切り、死神は何かを言おうとするように、緩慢に唇を動かした。
が、死神の口からは言葉は何も ―― 吐息の欠片すら、出てこなかった。
淡々と、稜は続ける。
「あの混沌とした時間の間に俺を抱いた男の数が一人や二人増えたところで、どうってことない。だから今更、勿体ぶるつもりなんかない ―― 俊輔のためなら、“あのとき”のことをもう一度繰り返されたって、俺はちっとも構わない」
「・・・、そんなに ―― そんなにあいつを、愛してるのか・・・?」
「愛?」
と、稜は繰り返した。そして唇を引きつらせるようにして笑った。
「愛だか恋だか、そんなのは知らない。あいつに対する思いは、そんな言葉ひとつじゃ、到底表現出来ない ―― どうでもいいから早くしろよ、抵抗なんかしないから。思うように、好きなように、すればいい」
表面上は凪いでいるものの、底に嵐の気配を漂わせた稜に迫られた死神の表情が、そこで激しく歪む。
「・・・だから・・・、例えだって、言ったろ、・・・ ―― 例えなんだ、あくまでも。・・・まさかあんたが、そんな・・・」
かすれた声で、呻くように、死神は呟いた。