TRURH ABOUT LOVE   - 10 -

「聞いても信じられないと思うぞ」、と俊輔は言った、「実際、俺は信じられなかったからな」
「・・・彼女 ―― 杉山さんの話だったら、本当の話だ」、と俺は言った、「俺も先日、一度会った。良さそうな人だ。いい話だと思う」

 予めそうしようと決意していた通り、俺はそれをさらりと、ごくごく当然のことのように答えたつもりだった。
 だが思っていた通りに上手く言えたかどうかは定かではない。
 言葉に続いた沈黙のなか、思い返せば思い返すほど、他の言い方をすべきだったかとか、イントネーションがおかしくなかっただろうかとか、不安が募ってゆく。

「 ―― “良さそうな人”?・・・“いい話”?何が良くて、どこがいい話なんだ?お前が何を言っているのか、俺にはさっぱり分からない」
 やがて、低い声で、俊輔が言った。
「俺は女が欲しいとか子供が欲しいとか、お前に言ったことがあったか?女はともかく、子供が欲しいと思ったことなんか、これまでの人生で一度だってない」
「・・・自分の立場ってものを、よく考えろよ」
 ゆっくりと、俺は言った。
「お前は駿河会っていう大きな組織のトップの地位に立っている人間なんだ ―― そういう地位に立ったなら、嫌なことや自分の意に沿わないことはしない、したくないは通用しないんじゃないのか」
「俺の望んだ場所じゃない」
「それはそうなんだろうし、お前はそう言うだろうと思ったよ。でもな俊輔。なんだかんだ言っても現状、お前はその地位に立っているんじゃないか。そこへは一体、誰が歩いてきたんだ?」
「・・・・・・。」
「・・・お前だよな。お前が、自分の足で、そこまで歩いてきたんだ。その結果が、今だ。厳しいことを言うようだが、本当に嫌だったのなら、お前はもっと早くにやめるべきだった。足を止めて、引き返すべきだった。誰にどう祭り上げられようと、お前の人生はお前のものだ。やめる機会はいつでもあったはずだし、そのタイミングはお前が決めることだ。でもお前は歩き続けてここまで来た ―― それが全ての答えだろう。今更その場所が自分の望んだ場所じゃないなんて言うのは、言い逃れだ」

 そこまで言ったところで、俺は言葉を切る。
 組織の話を出して理論武装するのはずるい方法であるのは分かっていたが、仕方がなかった。
 俺にはそれ以外、俊輔を説得する方法を思いつけなかったのだ。
 一気にしゃべったせいなのか、信じられない、という視線で俺を見つめる俊輔の視線のせいなのか ―― それは分からなかったが、酷く息が苦しかった。

「本当に ―― 本気なのか・・・」
 と、俊輔が呟く。
 放心したようなその声に、心臓が身体の奥底に向かって小さく縮んでゆく。息が更に苦しくなる。
 だが始めてしまったからには、どんなに辛くても苦しくても、やり遂げなければならなかった。

「正直言って俺は未だに、お前の生きる世界のことはよく分からない。でも・・・そんな俺でも保釈のときのお前のあの態度や姿勢を見て、お前をただひとつの希望とする人たちの気持ちは理解出来る気がした。だから・・・ ―― 」
「俺はそんなことを訊いているんじゃない。分かっているはずだ」
 と、俊輔はぐしゃりと歪めた顔を俺から逸らしながら言った。
「お前は・・・平気なのか?俺がよそに女を囲って、その結果子供を作っても、何とも思わない・・・どうでもいいって言うのか ―― ・・・!!」
「俊輔・・・!」
 と、俺は堪らなくなって立ち上がり、俊輔の腕を掴んでその顔を覗き込む。
 俊輔が更に顔を逸らしたので彼の表情はよく見えなかったが、俺はその横顔に語りかける。
「なぁ、俺とお前の関係は、今更何があろうと変わらないよ、そうじゃないか?」
 俺がそう言うと、俊輔がふいに軽く笑うような声を上げ、
「・・・そうだな。お前は今更ここ以外、どこにも行けないもんな」
 と、言った。
 俺は唖然として、ゆっくりと首を回して俺を見下ろした俊輔の、無表情な顔を見上げる。

「・・・お前・・・、俺のこと、そんな風に思ってるのか・・・?」

 と、呟いた瞬間、伸びてきた俊輔の手が乱暴に俺を突き飛ばした。
 唐突なその動きに全く受け身がとれず、俺は後ろのソファに倒れ込む。
 慌てて身体を起こそうとしたが再度俊輔の手に乱暴に胸を押され、その弾みで後頭部をしたたかにソファの手すりに打ちつけてしまう。視界が、ぐらりと揺れた。

「 ―― っ、俊輔、や・・・やめろ・・・!」
 そのまま引き裂くように服がはぎ取られてゆき、俺は歪む視界の向こうにいる俊輔に向かって必死で懇願する。
 こんなことをすれば、苦しむのは俺ではなく俊輔の方であると知っていた。
 だが・・・ ――――

「最近のお前は時々、酷く醒めた目で俺を見ていた」

 と、地底を這いずり回るような声で指摘され、俺は息をのむ。
 気づかれているはずはないと思っていた、それは心の片隅、奥底だけで感じていた想いだ。
 しかし深く肌を合わせている最中や、日常のちょっとした態度で、それは伝わっていたのだろうか ―― いや、そもそもいつもギリギリの、いつ命を狙われるか分からないような世界で生きている男だ。そういった違和感には、鋭いのかもしれない。

 言葉を失った俺をソファに押さえつけた俊輔が、唇の端だけをねじ上げるようにして笑う。
「・・・気付いていないとでも思っていたのか?何よりも、誰よりも、お前だけを見ている、俺は ―― それを・・・“俺とお前の関係は今更何があろうと変わらない”だって?人を馬鹿にするのも、大概にしろ・・・!」
「俊輔、ちょっと、待っ ―― 、痛・・・っ!」

 ぎりっ、と俊輔の指が肩に食い込み、右腕に鈍く痺れるような痛みが走った。
 俺は身体を捩り、何とか俊輔の身体の下から逃れようとしたが、俺が渾身の力を込めて抵抗しても、俊輔の身体はびくともしない。

「やめろ、俊輔・・・嫌だ・・・!」
 と、叫んだ俺の、助けを求めて伸ばした手指に、何かが触れた。
 それが何なのか考える暇もなく、俺は指先に触れたそれを縋るように掴んで、引いた。
 瞬間、テーブルの上にあったものが ―― 俺が掴んだものはテーブル中央部に掛けていたテーブル・ランナーだったのだ、後で知ったのだが ―― 派手な音と共に、床に落ちてゆく。

 その音を聞きつけたのだろう ―― やがて玄関の方から物音がし、足音が聞こえ、リビングのドアが開く。

「・・・何をなさっているのですか、会長」

 と、厳しい表情でソファの上の俺たちを見据えた相良さんが、言った。