TRURH ABOUT LOVE   - 11 -

「出て行け」
 と、俊輔は振り向かずに言った。
「会長・・・、やめて下さい」
 と、相良さんは言った。
「出て行け」
 と、俊輔が最初と寸分違わない口調で繰り返す。
「どうか、会長、お願いです。お願いですからやめて下さい。そんなことをして、何になるんです。かえってお互いに辛くなるだけではありませんか・・・、会長 ―― 」
 と、必死の声で言い募る相良さんを、
「伊織」
 と、俊輔が呼んだ。
 その声音は限りなく平坦だったが、ぞっとするほどの威圧感に満ちていた。
 久々に聞く声 ―― 10年ぶりに再会した頃の俊輔は、よくこういう言い方で俺にあれこれ命令をしたものだ。
 極道の世界で生き延びてきた男特有の、剥き身の刀のような声を突きつけられ、相良さんは口をつぐんだ。
 俊輔はそのまま、平坦に続ける。
「お前の主人は誰だ。俺か?稜か?」
「・・・・・・。」
「 ―― 出て行け、と言っている。これが最後だ。もう一言でも余計な口を利いたら、お前を金輪際、二度と稜には会わせない」

 その言葉を聞き、驚いた俺が反射的に見上げた俊輔の双眸は暗く淀んでいた。
 声音とは対照的に、限界まで打ちのめされたようなその目をとても見ていられず、俺は顔を伏せる。
 俺が顔を伏せたのと同時に重い足音が密やかに去って行き、遠くでドアが閉まる音がした。

 それから俊輔は再び、何事もなかったかのように俺の身体から次々と衣服を取り去ってゆく。
 部屋は適温に暖められていたはずなのに、何故か酷く寒く感じた。
 肌に触れてくる俊輔の手や唇は、あたりの空気よりも更に、飛び上がるほどに冷たかった。

 その冷たさに、心が凍えてゆく。
 凍えはやがて、徐々に身体中に広がってゆく。
 普段は身体を拓かせる為に施される行為が、行為自体は同じなのに逆に身体を強ばらせる ―― わざとではなかったが、自分ではどうしようもなかった。
 もちろんそういう俺の身体の反応はダイレクトに伝わっているのだろう、反応を見せない俺の身体に焦れた俊輔の指が、唐突に体内を探ってくる。
 愛情どころかどんな感情も滲んでいないやり方に下肢が引き攣り、鋭い痛みが走った。  が、痛みを感じたのは一瞬だけで、すぐに俺の身体のことを俺以上に分かっている俊輔の指先が、的確な動きで快楽を引きずり出すために蠢き出す。

「・・・っ、あ ―― や、・・・いやだ、俊輔・・・!」

 耐え切れず、俺は叫ぶ。
 だが、俊輔は止まらない。
 否応なく、気持ちを伴わせず、暴力的に快楽だけを暴き出されてゆく感覚 ―― 泣きたかった。
 今更、俊輔にこんな扱いをされる ―― させてしまう ―― 自分。
 情けないと言えばいいのか、悲しいと言えばいいのか、虚しいと言えばいいのか・・・こんな感情を表現する言葉を、俺は知らない。分からない。
 何が正しくて、自分がどこで間違ったのか、もう俺には何も、何も分からない・・・ ――――

「あぁあああっ ―― っ、あ、あぁっ、っ・・・!」
 ぐうっ、と体内に灼熱の楔を打ち込まれ、溶けきっていない身体が悲鳴を上げる。生じた痛みに思考が分断され、俺は悲鳴を上げた。
 限界まで逸らした喉に、俊輔の指が絡みついてくる。
 息が出来なくなり、視界から急速に光が失われてゆき ―― 凄まじいまでに荒々しい、剥きだしの恐怖が、腹の底から湧きあがってくる。

 やはり、忘れられていない。
 少しは薄らいできたかと思っていた、あの恐怖の日々。
 あれらの記憶は消えるどころか、未だこんなにも鮮明に、俺の中に残っている。

 がつんと頭を殴られるような衝撃と共にそう思い知った途端、身体ががくがくと震え出す。
 怖いから、やめてくれという懇願の声も、喉奥から溢れ出す嗚咽が邪魔をして、まともな声にならない。
 涙にかすむ目を凝らし、とにかく今俺に触れているのが俊輔その人であると確かめようとしたが、それすら延びてきた手に視界を塞がれて叶えられなかった。

「あぁ ―― い、やだ、いやだ、いや・・・ぁ、あ、あ ―― あぁアああ ―― ッ・・・、っ!!」

 自分のものとは思えない、布を引き裂くような悲鳴が鼓膜を打ち ―― その後のことは ―― 恐怖と痛みでぶつぶつと記憶が分断されていて、よく覚えていない。

 ただ最後、静まり返った暗闇の中、俺の頬や、額や、唇や、耳朶を、そっと辿ってゆく俊輔の指先 ―― 触れてくる感覚は夢のようにぼんやりとしているくせに、気配だけが妙にはっきりとしたその指先が、ほのかに暖かかったことだけは覚えている。
 彼が涙を流さずに、泣いていることも。

 いいよ、俺は大丈夫だから。
 お前はもう、泣かなくていい。

 切ない温もりを纏った俊輔の指先をとって握りしめ、そう言ってやりたかった ―― この心の底に冷えた感情があることは確かだったけれど、やはり誰よりも、何をされようとも、俺にとって俊輔が大事な存在であることもまた、確かだったから。

 しかしその願いに反して、疲れきった俺は指先ひとつ動かせず、瞬きすらまともに出来なかった。
 もどかしく焦る気持ちを残したまま、俺の意識は混沌とした闇の中に沈んでいった。