TRURH ABOUT LOVE   - 14 -

 嫌だ、と思ったのと同時に俺は立ち上がり、壁からむしりとるような勢いでドアを開け、自室を飛び出した。

「待ってくれ俊輔、嫌だ・・・!!」

 先ほどとは別の意味で何も考えられないまま、俺は叫んだ。
 そして玄関のドアノブに手を伸ばした状態で振り返った俊輔に駆け寄り、その腕を掴む ―― つもりだったのだが慌てるあまり、途中で足がもつれた。
 倒れ込むのと飛びかかるのを同時にやったような俺の勢いを受け止めきれず、俊輔の背中がドアに打ちつけられる。
 かなり大きな音がしたので相当痛かったのではないかと思うし、俺は膝から玄関の三和土に崩れ落ちるようになってしまったのだが、構っていられなかった。

「やっぱり・・・やっぱり嫌だ。嫌なんだ、俺は、絶対に嫌だ ―― ごめん、でも駄目だ・・・嫌だ、俊輔・・・」

 縋り付くように俊輔の両肘の上あたりを掴み、俺は必死でかき口説く。
 そんな俺を見下ろす俊輔は最初、俺の言葉を聞いているのかいないのか、何も言わなかった。
 だがやがて、肩で息をするようにして俺が言葉を途切れさせた空白のなか、俊輔が小さく、呟くように言う、「・・・お前・・・、今になって・・・ ―― 」

 苦々しい気配に満ちたその声を聞いた瞬間、俺は頭から冷水を浴びせかけられたような気がした。
 と、同時に、死滅したようになっていた理性が、どっと押し寄せるように戻ってくる。

 そうだ、数ヶ月かけて準備された今回の件に、“今になって”この俺が異議を唱えるなど許されるはずがない。
 普通の女性に対してであってもこんなことをすれば、顔に泥を塗られたと訴えられてもおかしくないだろう。
 それをその世界においてきちんとした後ろ盾を持つ女性を相手にしたとあれば、俊輔やその組織にとって不利益になるのは明らかだ ―― そんなことは極道の世界にそう詳しくない俺にも分かる。

 今になって ―― そうだ、その通り、本当に今更だ。
 なにもかもが今となっては、取り返しがつかない・・・ ――――

 震える唇を、俺は血の味がするほど強く噛んで止めた。
 しかし指先が小さく震え出すのは、どうしようもなかった。
 どうか気づかないでくれ。そう願いながら俺は慌てて身を引こうとする。
 しかしどうしても身体に力が入らない。
 俊輔の腕に縋っていた手指からも力が抜けてゆき、情けないと思いつつも止めようもなく、ずるずると玄関にへたりこみかけた、その、瞬間。
 伸びてきた俊輔の腕が乱暴さすら感じられるような強さで俺を引き上げて、抱き締めた。

「・・・今になって、ようやくか ―― 俺はもう、駄目なのかと・・・、お前は俺のことなんか、もうどうでもいいのかと思った・・・」
 と、耳朶に押しつけられた俊輔の唇が呟く。

 その震える語尾と、俺を抱き寄せる力強い腕と、その胸の中、久々にかぐ俊輔の匂い ―― 視界が滲んでゆくのを、俺は止められなかった。

 確かに俺の彼への想いの中には、冷めた部分がある。それは確かだ。
 目を逸らしたり気づかない振りをしたりすることが不可能なほど、それははっきりとしている。
 だがその凍えた想いをひとときであっても溶かしきり、その冷たさを忘れさせるほど熱い想いを俺に抱かせるのも、俊輔だけだ。世界広しといえど、俊輔だけなのだ。
 それなのに、その男を他の誰かと共有しようなどと、そう出来るなどと、どうして思ったりしたのだろう。

 馬鹿だ、と思った。
 救いようもないほど、俺は馬鹿だ。

「・・・ごめん、俊輔 ―― 本当に、ごめ、・・・っ、でも、嫌だ・・・嫌なんだ、ぜったい・・・嫌だ・・・」
「分かった、稜、もう分かったから、謝らなくていい ―― 俺はお前にただひとこと言われれば、何だってする。何だってしてやる」

 耳元で低く、きっぱりと言い切られ ―― もうどんなに歯を食いしばってみても、深く俊輔の肩に顔を埋めてみても、漏れる嗚咽が止められない。隠せない。

 俊輔の首にきつく両腕を回して泣き続ける俺の背中を、俊輔の手がなだめるように這う。
 しかしやがて焦れた俊輔の指が俺の襟足に差し込まれ、最初に俺を抱き寄せたのと同じようなやり方で俺の髪の根本を掴んだ。
 身体を離される気配に恐怖めいた感情を覚えて抵抗したが叶わず、乱暴に上半身だけを小さく引きはがされ、激しく唇を奪われる。
 それは“貪る”などという言葉が軽々しく思える、食べ尽くされると表現するのが妥当だというような口づけだった。

 延々と続く口づけに息が出来ず、酸素を求める俺の喉の方にまで俊輔の舌が忍び込んでくる。
 ぐらりと頭の芯が揺れ、目の奥が火を放たれたように熱くなったが、それでも俊輔に抱きつく腕からだけは力を抜かなかった。
 そうしながら俺はもう絶対に、二度と、例え何があろうともこの男を手放そうなどと考えない、と強く思う。

 今後誰にどう願われようと、身の危険を感じるほどの脅しをかけられようと、何度溶かされても再生する冷気がこの身を覆い、全てを凍りつかせようと。
 俺の両脇にそびえる崖が空を覆いつくし、やがて均衡を保てず崩れ落ちる日が来たとしても ―― 俺は、この男を、愛している。

 崩れてくる岩に押し潰された身体の細胞の、ひとつひとつが原型を留めなくなる、最後のときまで。

―――― 番外編 「TRUTH ABOUT LOVE」 END.
to be continued Epilogue ...