TRURH ABOUT LOVE - 2 -
詳細をきちんと聞かないと不安でしょうから、と相良さんに勧められ、俺は六本木に向かった。
俊輔が逮捕されたのは赤坂にある駿河会系列組織の組事務所兼フロント企業の自社ビル前だったらしいのだが、そこにはマスコミや記者が殺到していて、行くことは出来ないということだった ―― いや、そもそも俊輔がいない今、俺がのこのこと関連組織の自社ビルに行っても仕方ないのではあるが。
そんな訳で俺が案内されたのは、六本木にある駿河会が持っているビルのひとつだった。
駿河会一次団体の組事務所が入っているというそのビルは、時々足を運ぶ駿河会の各事務所や企業のビルに負けず劣らず、立派な建物であった。
日本最大級の任侠団体の最深部に身を置くようになって何年も経つが、俺は未だにこういう場にくるとどうしようもない違和感を覚える。
“ヤクザの事務所”というフレーズで脳裏に思い浮かぶのは未だにやはり、大きな日本家屋で、着崩した着物から白いさらしを覗かせたいかにも筋者という雰囲気の組員がうろうろしている ―― という図なのだ。
だが今はやくざも基本的にはまっとうな生業をもってしのいでいるところがほとんどで、どこの任侠団体も日本家屋が組事務所、などというところはないらしい。時代は変わるのだ。
だから車を降りた俺を迎えたのも普通のスーツを着た舎弟たちだったし、ビルの最上階に顔を出した俺に深く頭を下げた三枝裕次郎ももちろん、きっちりとしたスーツ姿だった。
「この度はこのようなことになってしまい、誠に申し訳ありません」
最敬礼の形で深く頭を下げ、三枝さんは言った。
「三枝さん。俺にそんなことをするのはやめてください」
と、俺は言ったが、三枝さんはそれから長いこと頭を下げたまま、微動だにしなかった。
何とかしてくれ、と三枝さんの横に立つ永山さんや船井さんに助けを求めてみたが、時が時だけに彼らも難しい顔をしたまま、何も言ってくれない。
仕方ないので俺は三枝さんの気が済んで顔を上げるまで、辛抱強く待たなければならなかった。
組事務所がガラス張りの近代ビルという事実に慣れる日がきたとしても、ヤクザ世界のこういう部分には永遠に慣れることは出来ないだろうな、と思いながら。
「・・・それで、逮捕の理由は?」
三枝さんが顔を上げ、それを見計らったかのようにコーヒーが運ばれてきて、めいめい部屋の中央部にあるソファに腰を下ろしたところで、俺は訊いた。
「名目は金融商品取引法違反です。辻村組と・・・佐山会といううちの二次団体があるのですが、そこの間で新株の架空売買があった、と」
「・・・それって、つまり・・・」
「はい、明らかな別件逮捕です。警察は焦れているのですよ ―― 暴対法が施行されて大分経ちますが、駿河会にはそれほど大きな打撃にはなっていない。うちはあんな悪法で揺らぐような脆弱な組織ではないですからね。それでこんな風に無理やり会長の身柄を拘束して、資金源を絶とうとしているのです。我々ヤクザも顔色を失うほど、実に汚いやり方です」
「・・・はぁ、・・・」
と、俺は曖昧に頷いた。
我ながら間の抜けた反応だとは思ったが、駿河会内の組織的なことは普段全く聞かされていないだけに、今一つピンと来ないのだ。
が、もちろんそんな状態でこの場にいるのは俺だけで、
「それで、保釈の手はずはどうなっているの」
と、振り返った菖蒲さんの表情を見て ―― 彼女は俺が部屋に入った際にも振り向かず、黙って窓から外を眺めていたのだが ―― つくづくと彼女は極道世界で育ち、生きてきた女性なのだな、と思った。
怒りに燃えている方が笑っているよりも壮絶に美しいなど、普通の女性ではあり得ないだろう。
「・・・10億の保釈金を提示したんですがね。先ほど却下されましたよ」
と、永山さんが低く答える。
「つまり、即日保釈はしないつもりなのね」
と、菖蒲さんは呻くように言い、きつくきつく、唇を噛みしめた。
それでも菖蒲さんの唇は抑えきれない怒りに震え、蒼白な顔色のなか、刷毛ではいたようにその頬が朱に染まってゆく。
「なんて屈辱なの・・・これまで駿河会の会長が拘留されたことなんて、一度もなかったのに・・・!」
「・・・申し訳ありません。明日の朝までに15億・・・いえ、20億でも30億でも積みあげて、一分一秒も早く保釈させます」
と、三枝さんが言った。
三枝さんの言葉に頷きもせずに暫くその場に立っていた菖蒲さんはやがて、気を取り直すように息をつき、無言のまま部屋を出て行ってしまう。
数人の男たちがやはり無言でその後を追って部屋を出てゆき、彼らの足音が遠くに消えてから永山さんは俺を見下ろす。
「すまないな、バタバタしていて」
と、永山さんは言った。
「いえ・・・、俺は何も出来ないのにこんなところまで来てしまって、却って申し訳なかったです」
と、俺は言った。
「いやいや、それは仕方ないさ、心配するのは当然だしな。でもまぁ、快適とは程遠い場所だけど留置所にいれば命の危険はないし、それなりの飯もちゃんと出てくるし、心配しすぎることもないよ。明日には出て来られる筈だしな」
と言って、そこで永山さんはその日初めて、普段通りに悪戯っぽく笑った。
特殊な緊張感漂う雰囲気に呑まれかけていた俺は、その笑顔を見てようやく少し肩の力を抜くことが出来た ―― のだが、拘留事情に妙に精通している様子に、彼も拘留された経験があるのだろうか?とは思った。
しかし面と向かって訊ねるのは気が引ける話だったし、聞かない方がいいような予感もしたので突っ込まなかったのだが、そんなことは気にもしない三枝さんが横合いから、
「豪さんの罪状は言い訳が全く出来ない類のもので、今回の会長の件とは話が別ですけれどね」
と、口を挟んでくる。
「・・・別?」
と、俺は怖いもの聞きたさ、聞きたくなさ、という心持ちで訊ねる。
すると三枝さんは、
「はい、全く別です。拳銃の不法所持と使用の現行犯逮捕ですからね。しかもその時豪さんは、一組織の組長だったんですよ。普通、組長はそういう得物は持たないものなのに・・・あの時はもう、ほとほと呆れ果てましたよね」
と、未だに腹に据えかねるという雰囲気で、吐いて捨てるように言う。
それを聞いた永山さんは「まーだ言ってるよ、コイツは」というような顔をしてヘラヘラ笑っていて ―― その横で俺は、やっぱり聞かなければ良かった・・・。と激しい後悔に苛まれていた。