TRURH ABOUT LOVE - 3 -
三枝さんは「一分一秒でも早く保釈をさせる」と言っていたが、俊輔の保釈が許されたのは、次の日の正午すぎだった。
保釈金やらなにやらの調整で警察と相当もめたらしく、結局保釈金は18億にまで上ったということだった ―― 18億・・・途方もない金額だ。もはや雲の上どころか宇宙レベルの額だ。
いずれ返金されるお金とはいえ、それだけの金額を1日足らずで苦も無く用意できる駿河会の組織力というのはやはり、想像を絶するものがあるのだと、改めて認識させられる。
「これは完全に、警察のシナリオですね」
保釈されることが決定したという連絡を受け、つけたテレビの前で相良さんが忌々しそうに言った。
「・・・シナリオ?」
リビングのテーブルについた肘で右頬を支えるようにしながら、俺は訊く。
「はい。この時間に保釈をすれば、昼のニュースやワイドショーの時間にばっちり符号しますからね。
今回会長はもちろん、駿河自体、特別あくどいことをしたわけではありません。もちろん法に触れるか触れないか、ギリギリのラインだったことは確かなのでしょうが、三枝幹部が言ったように、これは明らかに不当な別件逮捕なんです。しかしそんな情報は流されないように報道規制が敷かれますし、そうなれば会長保釈の映像は一般人からすれば恐ろしい犯罪者が野に放たれた、という風にしか見えません。それをこの時間に流せば、特に発言力と流布力の強い主婦層に強烈な印象を残せる ―― それが警察の狙いでしょう。保釈金がどうのこうのと時間稼ぎをしたのも、そのためです」
俺よりもテレビに近いソファに座って前のめりになり、食い入るように画面を見たまま、相良さんはそう説明してくれる。
なるほど・・・。と俺が呟いたところで、テレビ画面内が一気に騒がしくなった。
広域指定暴力団駿河会会長、辻村俊輔氏の姿が見えました!今、保釈された模様です!という興奮したリポーターの声を聞き、俺は顎から手をはずしてテーブルに軽く身を乗り出す。
そこでカメラは警察署のいりぐちと、そこを固めるように立つ屈強そうな男たちの姿を映し出し ―― ほどなくしてするすると開いた自動ドアから、俊輔が出てくるのが見えた。
俊輔は俺が見たことのない、濃いグレイのスーツを着ていた。その後ろには永山や、見知った舎弟たちの姿も見える。
さっとその周りを固めた舎弟たちが俊輔を誘導して警察署の階段を降りてゆき、階段を降り切ったところでどっと押し寄せたマスコミが、そのまた外側を幾重にも取り囲む。
違法株取引の有無について、金商法に抵触する認識があったのかどうか、今後組織の継続はどうなるのか、これで駿河会も弱体化してゆくだろうという予測もあるがどう思うか、暴力団というものの存在について ―― 様々な質問が、嵐のように滅茶苦茶に俊輔へと投げかけられる。
しかし俊輔も永山も、もちろん周りの舎弟たちも何も聞こえていないかのように、ただ淡々と歩みを進めてゆく。
一行が警察署前に停められた車の前に到着し、後部座席のドアが開かれたところでマスコミの質問の声は怒号のようになり、それを受けて俊輔が車に背を向けて振り返る。
そこで俊輔はかけていたサングラスをゆっくりとずらして、はずした。
「我々が、暴力団組織であるということ」
と、低い声で、俊輔は言った。
「それは事実だ。それそのものを否定する気はない。だが事実はひとつであっても、そこから派生する真実は見るものによって様々に色を変えるものだ」
そこで俊輔は言葉を切り、目の前にいる記者のひとりをじっと見た。
睨んだ訳ではない。
声が荒々しかった訳でもない。
が、俊輔に見下ろされた記者はさながら、蛇に睨まれた蛙のようだった。
そしてその彼の心身のこわばりは強力な伝染病のように、隣の記者から隣の記者へとあっというまに広がってゆく。
それまでの騒ぎが嘘のように、その場に沈黙が満ちた。
放送事故というのに近い、それはそんな状態だったかもしれない。
そして石化したような彼らの呪縛が溶ける一瞬前に、俊輔が再び口を開く。
「お前たちが見る俺たちの、悪に染まった姿もまた、ひとつの真実なんだろう。だがそういう世界でしか生きられない人間もいる ―― それもまた、絶対的な真実なんだ。そういう存在がいる限り、俺たちの目が見ている真実もまた、永遠に消えない。誰であろうと、消すことは出来ない」
どこかゆったりとした口調でそう言った俊輔は、呑まれたようになっているマスコミ連を一瞥した。
誰も何も言わず、それを確認した俊輔はさっと身を屈めて車に乗り込む。
俊輔を乗せた車が動き出したところでマスコミや記者も動き始めたが、あとは車のテールランプと俊輔が保釈された事実を伝える以外に、出来ることはなかった。
*
「・・・なんだか、映画みたいでしたね・・・」
と、相良さんがCMになったテレビを前に、ぽつりと呟いた。
「保釈の直後にあんな演説めいたことをした極道関係者を、私はこれまでに一度も見たことがありません」
俺はそれに答える気力を見つけられず、テーブルに乗り出していた身体を引いてぐったりと椅子の背にもたれかかり、
それはそうだろうよ・・・。
と、力なく、心の中だけで突っ込んだ。