TRURH ABOUT LOVE   - 4 -

 こういう事態になったからには、俊輔が品川に帰ってくるのは相当先のことになるだろう、と俺は思っていた。
 だがその予測は外れ、俊輔はその日の夜、早いうちに品川に帰ってきた。

「おい、どうだよ、前科者の恋人を持った気分は?」
 玄関先で俺と顔を合わせた俊輔は開口一番そう言って、軽く声を上げて笑った。

 人の気も知らないで・・・。というのはまさに、こういう時のことを言うのだろう ―― 状況が状況だけに組織内はあれこれ慌ただしいことになっているのは当然だろうし、それでも俺が心配で、かなり強引に品川に帰ってきたことは言われなくとも察せられる。
 だから俊輔が帰ってくるという連絡を受けた俺は本当に、今日くらいはおとなしく迎えてやるつもりでいたのだ、それなのに・・・ ―――― 。

「・・・今回のことに限って言えば、まだ“前科”にはならないんじゃないのか。もちろん、今回より前のことは俺は聞いていないから、知らないけど」
 と、俺は憮然として言った。
「“今回より前”なんかない。正真正銘、俺に前科はないよ ―― まぁ、これまでは、という但し書き付きの話になるかもしれないが」
 と、俊輔は靴を脱ぎながら言った。
「・・・やっぱり、拘留されることになるのか?」
 と、俺が躊躇いがちに訊くと、リビングに向かいかけていた俊輔は足を止めて振り返り、
「・・・さぁ、どうだろうな。今はまだ、何とも言えない」
 と、ふざけた口調を改めて言った。
「今回のここまでの警察のやりようはあまりにも稚拙だし、ずさんすぎる。単純に見切り発車しただけかもしれないし、まだ何か別のカードを隠し持っていて、これをきっかけにして何か大きなことを仕掛けてくるつもりかもしれない。叩かれればいくらでも埃が出る身であることは確かだしな・・・しばらく向こうの出方を見てみないことには、どうなるか、はっきりとは分からない」

「・・・、・・・ ―― そうか・・・」
 少し間を空けて、俺は言った。
「・・・すまないな」
 そんな俺を見下ろしたまま、俊輔が言った。そしてふとあげた右手で、俺の耳の縁を軽く引っ張るようにして撫でた。
 はっとして顔を上げた俺を見下ろす俊輔の視線は、何とも複雑な想いに浸りきったようになっており ―― その視線を受けた瞬間、俺はぐうっと喉元に何か熱い固まりが突き上げてくるのを押さえられなかった。
 顔が歪んでいってしまうのを止められずに顔を背けた俺を、俊輔の両腕が引き寄せて強く抱く。

「お前には、辛い思いばかりさせる」
 と、俊輔は小さく呟くように言った。
「それでもお前だけは手放せない・・・いや、手放したくないんだ ―― 許してくれ」

 何をどう答えればいいのか皆目見当がつかず、俺はただ黙って、何度も、首を横に振る。
「・・・別に・・・お前が謝る事なんか、何もないよ」
 自分でも、何を否定したいのか分からないまま、壊れた機械のように首を横に振りながら、俺は言う。
「・・・自分で選んだことなんだから ―― って?」
 と、俊輔は言った。

 微かに笑いを含んだような声の底に、何故か苦々しいものがある気がして、俺は顎を上げようとした。
 が、その動きを阻むように首の後ろあたりに添えられていた俊輔の手に強い力がこめられ、その表情を確認することは出来ない。
 同時に後頭部を押さえ込んでいるのとは逆側の、腰を抱く腕にも恐ろしいまでの力が加わってゆき ―― その力にどこか、空恐ろしいような、血気迫るような雰囲気が滲んでいるのを感じ ―― 密着した身体から伝わってくる強い気配に俺は、凍りつくような恐怖を覚えた。
 俊輔に対してこんな風な恐怖の気持ちを抱いたのは初めてのことで、俺は焦る。

「 ―― 俊輔・・・?な、なんだよ、お前・・・どうかしたのか?大丈夫か・・・?」
 我慢できる限界ギリギリまで我慢してから、俺は訊いた。
「・・・何でもない。大丈夫だ」
 と、俊輔は答えてゆっくりと両腕から力を抜き、俺を解放した。
「・・・流石に疲れたな。今日はとっとと風呂に入って、寝ることにするよ。明日から否応なく忙しくなりそうだし」
 そう言って俊輔は小さく笑い、踵を返した。

 突然逮捕され、警察に拘束されたという状況のせいで気持ちがささくれ立っているのかもしれない ―― 洗面所に消えてゆく俊輔の後姿を見送りながら思ったが、その思考が自分自身に言い聞かせるようなものになっていることに俺はもちろん、気が付いていた。