TRURH ABOUT LOVE   - 5 -

 組織のトップである俊輔に警察の手が伸びたことで、この後どういう展開になるのか、どういう影響があるのか ―― 俺には全く想像がつかなかった。

 これまで俺は極道世界にはろくに(というより全く、と言った方がいいかもしれない)関わってこなかったので、決定的に知識が足りない。
 元々特殊な決めごとや独自のしきたりが多い世界だけに、尚更だった。

 それを知っている相良さんが事あるごとに状況を説明してくれたが、それによって現状が理解できても教わった情報が今後具体的にどういう結果を招くことになるのかは、さっぱり分からなかった。
 もちろん想像することは、いくらでも出来る。が、非現実的な想像というものはとかく、悪い方へ悪い方へと行きがちだ。
 一時は考えても考えても悪い方向にしか頭が働かず、おかしくなりそうだと思ったものだが、物事は誰もが ―― 俺だけではなく、俊輔たちも彼を逮捕した警察も ―― 予測し得なかったであろう方向へ流れていった。

「世論がこういう流れになってしまうと、警察はもう、正当な理由なく会長を再逮捕することは出来ないでしょうね」

 六本木の駅そばにあるホテル上階にある、日本料理店の個室。
 俺の目の前に座った三枝さんは、グリルされた伊勢えびを前にして言った。

「・・・やはりあの逮捕劇は“見切り発車”というのに近いものだったんですか?そういう可能性もあるって、保釈直後に俊輔も言っていましたが」
 と、俺は同じく出された伊勢えびと格闘しながら訊いた。

 彼とこの店で食事をするのが何回目になるのか、数えていないので分からない。
 少なくとも両手の指だけでは数え切れないほどの回数になると思うが、いくら回数を重ねても、こんな風に彼と1対1で食事をするのは相当の気力がいるし、正直、非常に疲れる。
 だが彼が彼なりに俺を心配して数ヶ月に一度、店を予約して食事に誘ってくれているのは分かっていたので、とても断れなかった。
 しかも彼が毎回予約してくれる(気に入りの店なのだろう)この日本料理店は美味しいし、いつ来ても目新しいものを食べさせてくれるのだがいかんせん、使っている食材が立派すぎて扱いに困ることが度々あり、それも疲れる要因のひとつになっているのだ。
 彼との一瞬たりとも気を抜けない会話の最中に取り扱うには、俺にはいささか荷が勝ちすぎる。
 もう少しカジュアルというか、言い方は悪いが片手間に食べられるような料理を出す店にしてくれればいいのに・・・と毎回思うのだが、俺の身体を心配して食材や調理法にこだわりのある日本料理店を予約してくれているのが分かるので ―― これまた、言い出せない俺なのだった。

「おそらく、そうだったのでしょう」  と、三枝さんは言い、さりげなく手を伸ばして殻を剥き終わった自分の伊勢えびの皿と俺の解体途中のえびが乗った皿を交換した。
「何か大きなネタを隠し持っていたのだとしたら、世論がどういう声を上げようと、保釈の前後で出してくるはずですから」
「あ、ありがとうございます・・・、そうですよね、ええと・・・、ネット上では相当話題になっているみたいですね?」
 と、俺は綺麗に剥かれた海老の背中を眺めながら言った。
「ええ、巨大掲示板内で立てられたスレッドの数は数えきれませんし・・・今では会長のファン・サイトまで作られていますよ。しかも複数」
「・・・ファン・サイト?」
「はい。もちろん言うまでもなく、私設ですが」
「まぁ、それは・・・しかしそれは一体、どういう内容のホーム・ページなんですか?」
「大体テレビや週刊誌に乗った動画や画像をまとめて掲示して、掲示板やチャットで盛り上がっている感じですね。あと署名を集めているサイトもあります」
「署名?」
「辻村俊輔の不当逮捕・拘留に反対する署名です。相当数の署名が集まっているようですよ」
「・・・はぁ・・・、確かにあの“演説”は強烈でしたからね・・・」
 と、俺は首を横に振って言った。
 三枝さんは、まぁ、確かにそうですね。と笑い、
「極道が見てもぞっとするようなああいうやり方を一般人に向けてやれば、それは人目を引くでしょうが・・・日本人は良くも悪くも、乗りやすく飽きやすいですからね。これも一過性のもので、長続きはしないでしょう」
 と、言った。
「ともあれ“保釈劇を昼時に流して国民の反感を買わせる”という警察の当初のもくろみが完全に裏目に出たのは確かです。まだ絶対とは言い切れませんし、今後もこういったことがないとも言えませんが・・・今回のことはこれ以上大きな問題にはならないと思いますので、ひとまず安心なさっていいと思いますよ」

 これと同じようなことを相良さんも言っていて、そうか。と思っていたものの、やはり駿河会の広報的な部分を一手に引き受けているという三枝さんの口から聞くと安堵感のレヴェルが違った。
 俺は黙って頷き、食事を再開する動作に紛らせて、ほっと息をついた。

 しかし ―― その三枝さんの言葉は、正しくもあり、間違いでもあった。

 確かに駿河会をはじめとする組織の側から見たらそれは、正しい意見であった。
 だが俺と俊輔にとって、俊輔の逮捕とその後の顛末から引き起こされる問題は、終るどころか始まってすらいなかったのだ・・・ ―――― 。