TRURH ABOUT LOVE - Epilogue2 -
伊織の部屋から文字通り閉め出された俺だったが、だからといってそのまま“それじゃあ仕方ないな”と諦める訳にも行かない。
少々悩んでから、俺は取り出した携帯電話を操作して三枝に電話を入れた。
先ほどマンションに帰る際、“明日は少し出てくるのが遅れるかもしれない”と俺が言ったのに対して三枝が(後にして思えば)奇妙な間を開けてから“分かりました”頷いたのを思い出したのだ。
もしかしたら三枝も稜の行き先に関して、何か知っているのかもしれないと思った。
「おいお前、稜の居場所を知っているのか?」
通話が繋がったのと同時に、俺は高圧的に訊いた。
先手を打たなければ三枝から情報は引き出せないと思った故の、挨拶も何も抜きにした第一声だったのだが ―― 相手は俺より更に一枚も二枚も上手だった。
「・・・・・・。
ご無沙汰しております、辻村会長でいらっしゃいますよね ―― 若菜です」
と、数瞬の沈黙の後、電話線の向こうから聞こえてきたのは三枝ではない女性の声だった。
その声を聞いた刹那、俺はぐっと言葉に詰まる。
永山や船井など、三枝とつきあいの長い男たちから俺は、散々聞かされていた ―― 三枝の愛娘である若菜が、義理の父親を盲愛する余り起こした様々な仰天エピソードの数々を。
それらは小中学生頃の話が大半だったが、大学に入った今でも彼女は父親をぞんざいに扱われるのを毛嫌いしているのだと聞いていた。
ついこの間も永山が苦笑混じりに、“若菜ちゃんの前で三枝を、おい!って呼んだら睨まれた。裕次郎さんは犬じゃありません、って”と言っているのを聞いたばかりで ―― 最初に彼女が取った沈黙には、言葉にするより雄弁な抗議の気配がありありと漂っていた。
「裕次郎さんは、取り込み中で手が放せないと・・・ああ、今、手があいたようです。お電話代わりますので、少々お待ちください」
と、若菜が言い、ほどなくして電話口に出てきた三枝は、
「失礼しました。少々取り込んでおりまして」
と、しれっとした口調で言った。
嘘つけ、と俺は思う ―― 電話をかけてきたのが俺だと知って、その出鼻をくじくために娘に最初に電話を取らせたに決まっている。
だがそれを指摘したところで、どうにもならない。かえって俺の状況が不利になるだけである。
ただこれで三枝が稜の行方について何らかのことを知っている、という確信は持てた。
「・・・俺がどうして電話をかけているか、分かっているはずだ」
と、俺は言った。
一応高圧的な口調は継続させてみたが、それが有効的に働いたかどうかは、疑わしい。
その証拠に三枝は淡々とした口調で、
「それに関しては明日、お話します」
と、言った。
「稜の居場所を、知っているんだな?あいつは今、どこに、誰といる?」
と、俺は訊いた。
「繰り返します。お話は全て、明日です」
と、三枝は答えた。そして何の前触れもなく、ぷつりと通話を切断した。
もちろんすぐにリダイヤルしたが、電源から切られているようで、繋がらない。
俺はもうため息すらつけず、通話の切れた携帯電話をソファに放った。
携帯電話はソファの上で一度回転するように跳ねてから、液晶を上にした状態で止まった。
液晶画面は暫く明るく光っていたが、やがて力つきたように暗転する。
今後の先行きを表しているわけじゃないだろうな・・・。
いつになく後ろ向きな考えに囚われながら俺は、ぐったりとソファに背中を沈めた。
*
だが俺の出鼻をくじく・・・というか、気力をそぐ出来事は、それだけでは終わらなかった。
次の日、指定の時間にドアベルが鳴ったので玄関にでてゆくと、皆川がいるはずのそこに何故か菖蒲が立っていたのだ。
「・・・お前・・・、なにをしているんだ、いったい」
と、俺は言った。
「・・・まぁ、随分なごあいさつですこと。それが朝早くから宇田川(うだがわ)一家の東京支部やら白金やらに行って今回の件について微妙な妥協点を探ってきた人間に対して言う言葉なのかしら」
と、菖蒲はつんと顔を逸らして答えた。
「ああ、そうか・・・、手間をかけさせて済まなかったな。支部長の様子はどうだった?」
と、俺は声を落ち着かせる努力をしながら、訊いた。
今回の話には菖蒲の人脈が絡んでいる部分が多かったため、話が破談になった後、調整役に菖蒲が出なければならない場面がたびたび出てくるのは間違いない。
その彼女の機嫌を損ねる訳にはいかなかったのだ。
「・・・上機嫌という訳ではありませんね、もちろん。この縁組に関してはあちらも色々と算段していた部分があったでしょうし」
「まぁ、それはそうだろうな。悪いがその辺りの微妙なところはお前に一任することになると思う。詰めの部分では幹部が出すが・・・その辺りのタイミングは三枝と話しておいてくれるか」
と、言いながらも、俺の脳内は激しく混乱していた。
伊織が動いていないのならば、稜と一緒にいるのは菖蒲以外にいないだろうと踏んでいたのだ。
伊織も菖蒲も稜に同行していない、昨日までに三枝や永山、船井といった幹部連が部下たちを大きく動かした様子はなかった ―― となると一体、稜の護衛は誰が取り仕切っているのだ?
「なぁ菖蒲、教えて欲しいんだが・・・ ―― 」
と、俺が訊きかけたのと、
「俊輔さま、私、おなかが空きました」
と、言い出した菖蒲の声が重なった。
「・・・、・・・おなか?」
「だって三枝が朝早くからこれでもかというくらい予定を詰め込むんですもの、食事をする時間なんか全くなかったんです。今日家を出た時間は、4時前でしたのに」
「・・・近くのホテルに中国粥の専門店があるが、そこでも?」
と、俺は言った。
「いいですね、中国粥は大好物です」
にっこりと笑った菖蒲を見てほっとしつつ(彼女は服装から食べ物に至るまでこだわりがありすぎて、本当に難しいのだ)、俺は彼女を連れてマンションを出た。