TRURH ABOUT LOVE   - Epilogue3 -

 ホテルの店内で向かい合って座ったのと同時に菖蒲は、“私、食事中に難しい話はしたくありませんので”と、高らかに宣言した。
 現状それに対して異議を唱えるだけの気力は俺にはなく、結局今回の件に関する話題が2人の間に出されたのはそれぞれの前にデザートと茉莉花茶が置かれてからのことだった。

「 ―― まずはご報告から。
 白金に入られている小百合さんですが、彼女自身は今回の件、一応納得されています。あの方は元々、組織の第一線近くにいた方ではありませんから、彼女の意見がどうあれ余り影響はないでしょうけれど」
 薄い中国茶碗のフォルムをベージュに塗られた爪先でなぞりながら、菖蒲は言った。
「・・・そうか。だったらそっちにはもう、俺は一切顔を出さないようにする。それでいいか」
 と、俺は言うと菖蒲は、
「ええ、そうですね。それが賢明なご判断かと」
 と、面白そうに笑いながら頷く。
「・・・なんだ、それは」
「なんだ、それはって・・・誰よりも一番、お分かりなのではありません? ―― と菖蒲は言い、ちらりと上目遣いで俺を見た ―― ああいうのを文字通り、一目惚れというのだと思いますよ。納得はされていますが、とても残念がっていらして・・・気が変わったらいつでもお声掛け下さい、すぐにお側に参ります、とまでおっしゃっていました。私には逆立ちしても言えない台詞だわ」

 俺は無言で、思いきり顔をしかめてやる。
 それを見て、菖蒲は小さく声を上げて笑った。

「・・・なぁ、ところで菖蒲」
 くすくすと笑い続ける菖蒲の方に身を乗り出して、俺は言う。
「ここだけの話、今回の件、お前は最終的にどうするつもりだったんだ?」
 菖蒲は口元を右手の指で押さえるようにしたまま、すっと笑いをおさめて真面目な顔になる。
「 ―― どうするつもり、とは?」
「つまり・・・本気で俺に女をあてがうつもりだったのか?」
「私が冗談で宇田川一家とつながりのある女性を連れてきたとでも?」
「いや・・・。だからこそ分からない」
 と、正直に俺は言う。
 菖蒲はそんな俺を感情の見えない目で数秒眺めてから、小さく息を吐く。
「私としては、どちらでもいいと思っていました」
「・・・どういう意味だ?」
「言葉通りの意味です。俊輔さまがあの方とご結婚なさって宇田川一家を手始めにあそこの親組織である洞門(どうもん)会まで食い込むことが出来たなら、それはそれ。関西方面に強力な足場を築いた駿河会は今以上の、とてつもなく大きな組織になることが出来る、と」
「・・・・・・」
「でも志筑さんが嫌だと言って俊輔さまを全力で自分だけのものにしたいと叫ぶのならば、それはそれ。その場合、今以上の組織の発展は望めないかもしれません。しかし駿河会自体を纏めるあなたのスタンスは更に強固に、揺るぎないものになる ―― どちらでもいい、というのはそういう意味です」
「・・・何れにせよ、稜は傷つくことになる。それでも?」
「ええ、もちろん。それでも、です」
 と、菖蒲は躊躇うことなく頷き、茉莉花茶をひとくち、口にする。
「あの方にはもっと・・・図々しいほどに強くなっていただかなくてはならなかった。今の立場に居続けるからには、その必要が絶対にあったのです ―― 一番の目的はある意味、それだったかもしれません。聡い方ですから、今回のことで自覚されたでしょう」

 どことなく満足げな様子で嫣然と微笑む菖蒲を、本当に恐ろしい女だと俺は思う。
 この女の精神はある意味、駿河会の他の誰よりも“極道”なのだ。

「お前は稜の居場所を、知っているんだろう?」
 食事を終えて会計を済ませ、それぞれ午後からの予定へと向かう途中、別れ際に俺は訊いた。

 もっと早くに訊きたかったのだが初っぱなから菖蒲の牽制にあい、また、食事も中盤を過ぎると訊いても言わないだろうという強い予感がしてきたため、ここまで敢えて口にしなかった。
 だが最後の最後で、駄目もとで訊いてみようという気分になったのだ。

 乗り込んだ車の車窓から俺を見上げた菖蒲は、“どうかしら?”という風に、ただ微笑んだ。
 予測通り何も言わない菖蒲の視線にはどこか、静かな慈愛めいた色があるように思え ―― それを見た俺は何故か、妙な不安を覚えてしまう。

「・・・あいつ・・・、帰ってくるんだろうな?」

 俺が思わず口にしたその台詞を聞いた菖蒲は、すっと目を細めてから微かに首を横に振り、
「本当に仕様のない人ね」
 と、一言だけ言い残し、そのまま車を発進させた。

 ここまできたら、当然ながら後の予測はついた。
“その話は明日”と言った三枝もまた、稜の居場所を俺には教えないに違いない。

 そしてその予測は寸分違わず、現実のものになった。

「別に何も、無理矢理連れ戻すとは言ってない。ただ現状どういうことになっているかを教えろ、と言っているんだ。それがそんなにおかしなことなのか?」
 昨日自分で決意した“当分は三枝の言うことを大人しく聞くことにしよう”という決意をあっさり覆して、俺は言った。
「ですから何度も申し上げました。志筑さんは暫く一人になりたい、その間は誰であろうと連絡を寄越さないでほしい、とおっしゃっておられる。これまで我々の都合に振り回され続けた志筑さんに、少し時間を与えてはあげられないのですか?」  眉筋ひとつ動かさず、三枝が繰り返す。

 俺はこうなったら破れかぶれだ、とばかりに、
「・・・何も知らずに安心しろと言われて、自分だったら納得出来るか?そんなの無理だろう ―― 心配なんだよ。ただただ、心配なんだ」
 と、情に訴えてもみたが、
「現状志筑さんの身はこれ以上ないほど安全に護られておりますので、ご心配には及びません。お気持ちはお察ししますが、今回は我慢なさってください」
 などと、まるで小学生に言い聞かせるような台詞を返されてしまう。

 しかも三枝だけでなく、側にいる永山も、船井も、誰もが当然のような顔をしている ―― つまり稜の居場所を知らないのは、俺だけなのだ。稜の恋人である俺だけが、蚊帳の外なのだ。
 そんなことがあっていいのか!?いい訳ないよな、そうだろう!!等々と、誰彼構わず食ってかかりたいような、泣きつきたいような、微妙な気分になってくる俺だった・・・。