TRURH ABOUT LOVE - Epilogue4 -
その後1時間以上に及ぶ押し問答の果て、俺は結局、稜に関する何の手がかりも引き出すことが出来なかった。
まぁ、それも道理ではある。
三枝との付き合いが俺よりも長い(恐らく2倍以上開きがあるだろう)永山ですら、三枝の言うことには殆ど反論しないくらいなのだ。
俺ごときが戦いを挑んだところで勝ち目などないことは、最初から分かってはいたのだ・・・。
「 ―― ところで、会長」
無駄な努力に疲労困憊してぐったりとデスク・チェアの背に凭れる俺を見下ろし、三枝が言った。
「・・・なんだ」
この期に及んでまだ何かあるのか?と内心悪態をつきながら、俺は言った。
「志筑さんのお話なのですが」
「・・・あのな。俺はさっきからずっと、志筑さんのお話をしていたと思うが?」
嫌味全開の声で俺は言ってやったがもちろん効果はなく、
「それとはまた、別のお話です ―― 志筑さんの、就業について」
と、三枝は続けた。
だがその口調は彼にしては珍しく、どことなく躊躇いがちだった。
「・・・就業、だって?つまり、稜をどこかで働かせる、という意味か?」
と、俺は訊く。
「はい」
と、三枝は頷く。
「・・・、・・・しかし、それは・・・」
「会長のご心配は当然ですし、もちろんどこでもいいという訳にはいかないでしょう。我々の目と手が120%行き届く・・・つまり関連企業のどこか、ということになるでしょうが」
そう言いながら三枝は腕を伸ばし、応接セットのテーブルに積み重ねられたファイルの、一番上を手にして開く。
横合いからそれを覗き込んだ永山が、ぎゅっと顔をしかめ、
「ヤクザの関連企業での就業に、志筑さんがイエスと言うか?言わねぇと思うけどな、俺は」
と、言った。
「その点は確かにその通りだと思います。しかし・・・、今回の件でも感じましたがそれだけでなく、最近の志筑さんの様子が私にはどうにも気になって仕方ないんです。このままではいけない、と・・・明確な根拠はないのですが、そういう予感がしてならない。これは決して、脅しなどではなく」
三枝は言い、少し間を空けてから続ける。
「・・・むろん私も、志筑さんが我々のような組織の関連企業で働くことを快く了承されるとは思っていません。しかも志筑さんが元々従事していたような外回りを含む営業職にはついていただけませんし・・・流石にそれは危険すぎますから。そうなると志筑さんにとっては物足りない仕事であるとは思いますが、それでも今のような状態にずっと彼を縛り付けておくよりはいいかもしれないと思うのです。これはあくまでも、私の個人的見解ですが」
ゆっくりとした三枝の言葉に、うーん。と唸って永山は右手で顎を撫でる。
船井は賛成しかねる、という表情を浮かべながらも黙っている。
俺は ―― 俺は腕を組んだ状態のまま、何も言えなかった。
ここ何年もずっと、三枝が事細かに稜を気遣っているのを、俺はもちろん知っていた。
特にここ最近の稜の様子は明らかにおかしく ―― どこがどういう風に、とはっきりと説明は出来ないものの ―― 三枝だけでなく俺自身もまた、非常に心配していたし不安にも思っていた。
だが同時に俺といる限り稜の屈託は消えないだろうという重苦しい予感も感じており ―― どうしたものかと悩んでいたところに起きたのが、今回の騒動だ。
話自体は決して目新しい話ではなく、これまでも似たような話は何度も出ていた。
だが稜を失うくらいなら何もかも捨ててやる。という俺の想いは年々強まっていて、それは言葉にしなくても周りには伝わっていたと思う。
今回はその決意の裏を、うまく突かれたのだ。
稜が納得すれば問題はないのだろう、という風に。
どんなに囲い込んで守っていても、内部から手を回されては防ぎようがない。
それは今回のことで、嫌と言うほど分かった事実だ。
ならばある程度稜に動いていてもらった方が、その危険は回避できる ―― 三枝の狙いはそこだろうか、と俺は考える。
いかにもなフロント企業ではなくとも、駿河の息がかかった企業であれば他組織の手は及びようがないし、護衛を置くなり影で細かく定時報告をさせる、といった融通はいくらでも利くだろう。
「・・・考えてみていただけますか。志筑さんのご意向も確認いただかなくてはなりませんが」
俺が明確な拒絶反応を示していないのを見て取ったのだろう、三枝が普段通りの口調になって言った。
俺は、“稜が本当に帰ってくるならな・・・”という台詞を飲み込んで、分かった。と頷いた。
*
三枝に言い負かされる(というか話をはぐらかされる?)ような形で結局稜の居場所を知らされなかった俺だったが、諦めたわけではなかった。
強がりなどでなく、ここは引いてやる、と思っていた。
稜の護衛には相当数の人員を割いているのだし、幹部とその部下たちの動きを見ていればおのずと答えは導かれるに違いない、と考えていたからだ。
だがそれから数日間様子を見てみても、答えどころか誰が動いているのかの目星すらつけられなかった。
と、いうより何度見直してみても、誰ひとりとしてイレギュラーな形では動いていないように見えるのだ。
手がかりも何も、あったものではない。
幹部たちが稜を適当に扱うとは思えないが、本当に大丈夫なんだろうな・・・。という不安を拭えない。
最後に会った稜の様子が本当におかしかったことを思い返すと、感じる不安はいや増してゆく。
それに ―― そう、それに、特に気が重くなるのは深夜、品川へ帰ったときなのだ。
稜は普段から帰宅時間がまちまちな俺を待つことはなかったので、帰りついた部屋が暗いのはいい。いつものことだ。
だがそこに稜の気配がないということが、こうも大きな影響を与えるとは思いもしなかった。
稜と再会する前はひとりきりのマンションに帰ることなど珍しくはなかったというのに、この何年かの間に俺は、自分が帰る先に稜の気配があることを当然のように思っていたのだ・・・ ――――
稜は本当に、俺の元に帰ってくるのだろうか。
性懲りもなくそんな不安に囚われながら、いないと知りつつもマンションの部屋を一通り見て回って、俺はため息をつく。
と、その時、背後で物音がした。
弾かれたように振り返ったそこにはひっそりと、伊織が立っていた。
「大丈夫ですか」
と、伊織が訊いた。
稜がいなくなった直後に会って以来、彼とは顔を合わせていなかったのだが、その声はあの時よりも多少柔らかくなったように感じた。
「・・・ああ」
と、俺は言った。そしてゆっくりとソファに腰を下ろす。
伊織は静かにキッチンへと向かい、丁寧なやり方で淹れたお茶を俺に出してくれる。
礼を言って出されたお茶をひとくち、口にする。
香ばしいほうじ茶の温かさが、不安にささくれた心を少しだけ癒してくれる気がした。
「・・・稜も毎日、こうやって俺を待っていたんだよな」、と俺は呟く、「そんなこと、いままで考えたこともなかった」
「それは仕方のないことです」、と伊織は言う、「実際の体験なくして理解出来ることなど、世の中にはそう多くはありません」
淡々とした伊織の言葉に、俺は黙って頷く。
伊織も黙って一礼し、静かに部屋を出てゆく。
その後ろ姿を見送りながら俺は ―― 何故だか分からないのだがふいに、信じて待とう、と思った。
行き先が分からないから待つしかない。というのではなく、稜が心を落ち着けて俺の元に戻ろうと決意するまで、帰ってくることをただひたすらに信じて、ここで稜を待つのだ、と。