TRURH ABOUT LOVE - セカンド・ラブ 3 -
稜は1階の居間か2階突き当たりの部屋にいるだろう、と船井は言ったが、ログハウスに足を踏み入れた俺は1階を素通りして真っ直ぐ2階へとあがった。
俺がここへ向かっているという話は当然、稜の耳にも入っているはずだ。
その稜が1階の居間などでのんきにくつろいでいる訳がない、と予測したからだ。
そして同時に俺は、稜は最初俺とはまともに口を利かないだろうな、という予測(覚悟と言ってもいいかもいれない)もしていた。
照れた稜がろくに口を利かなくなるのは、ままあることなのだ。
だが俺のその予測は、半分当たって、半分外れた。
2階の部屋にいた稜はちらちらと火の燃える暖炉の前、寝そべる大きな犬(外にいるあの凶暴な犬種ではなく、見るからに従順で温厚そうな毛足の長い犬だ)を横に分厚い本を読んでいた。
そしてドアが開く微かな音に顔を上げ ―― 俺を見て小さく、しかしはっきりと微笑んだ。
*
「寒くて、びっくりしただろう?」
部屋の隅に備え付けられた簡易キッチンでお茶をいれながら、稜は言った。
「・・・まあな。でも寒さ以前に、まず犬に驚かされた」
促されるまま暖炉の前に座った俺は ―― 昨日も一昨日もその前も、これまで同様ずっと一緒にいたかのような稜の態度に若干の戸惑いを覚えつつ ―― 言った。
稜の側にいた犬は稜が簡易キッチンに向かったのと同時に立ち上がり、まず鼻先で注意深く俺の身体のあちこちを点検して回った。
くまなく俺の身体を点検して納得した(のだろう、たぶん)犬はゆっくりとした動作で稜の元へと向かい、その足下にきちんと足を揃えて座る。
「犬?お前、犬は苦手だったっけ?」
と、稜は足下でじっと自分を見上げる犬の平たい頭を撫でながら訊いた。
「犬は好きでも嫌いでもなかったよ、これまではな。しかし今後は苦手の方向へベクトルが向きそうだ」
と、俺はここの外にいる犬たちに危うく噛み殺されかけた経緯を説明する。
お茶を淹れつつ俺の話を最後まで聞いた稜は、空恐ろしそうに眉根を寄せる。
「大袈裟でも何でもなく、正に危機一髪じゃないか、それ・・・」
「全くだ。船井にも言われたよ、“もう少しで恋人に会う前に血祭りだっただろう”ってな」
と、俺が言うと稜はすっと両目を眇め、
「・・・恋人?恋人って誰だ?」
と、真顔で訊いた。
「誰だったっけ?」
と、俺も真顔で訊き返した。そして笑う。
「もちろん俺だって、ここで土佐犬がわんさか放し飼いにされていると知っていたら入り込んだりはしなかったさ。菖蒲がきちんと教えないのが悪いんだ」
「まぁ、それはそうだろうけど・・・でも菖蒲さんに関しては仕方ないよ」
俺と同時に笑いながら稜は言い、湯気の立つマグカップを両手にして戻ってくる。
そして手にしたお茶の片方を俺に渡しながら、続ける。
「吾朗さんが犬をたくさん飼っていることは菖蒲さんも聞いて、知っていただろうけど・・・あの犬がああして集団になっているのを実際目にしないと、実感としては分からないんじゃないかな。菖蒲さんは確か、動物には興味がないって言っていた気がする」
「・・・菖蒲はここへ来ていたんじゃないのか?」
と、俺は驚いて言った。
そう、菖蒲はこれまで何度もここへ来ていたのだろうと、俺は当然のように思い込んでいたのだ。
稜と菖蒲は見ているこっちがちょっと嫌になるくらい仲が良いし、それだけでなく俺を送ってきた菖蒲の運転はいかにもここへ通い慣れている様子に見えた。
しかし稜は緩く首を横に振って、それを否定した。
「来ていないよ。菖蒲さんだけじゃなく、ここへは誰も来てない。ここで誰かに会うのなら最初はお前にって決めていたし、それに菖蒲さんはきっと、まだ・・・ ―――― 」
と、最後、稜は言い淀むように言葉を濁した。
俺はその後暫く途切れた言葉の続きを待ったが、途切れた話の続きを探すように床に敷かれた絨毯の複雑な柄を眺めていた稜はやがて、諦めたように首を振って目を伏せる。
「・・・稜?」
と、俺は言った。
「・・・いや・・・、何でもない」
と、稜は言って顔を上げ、再会して初めて寸分のずれなく真っ直ぐに俺を見る。
そして言う、「今回のことは、本当に悪かった。色々と考えてしまって ―― 混乱したんだ。凄く」
俺はマグカップから立ち上る湯気と暖炉で燃える焔のゆらぎをいっぺんに見ながら答える、「謝らなくていい。お前は何も悪くない」
「そんなことはないだろう。お前にも他の人にも、もの凄く迷惑をかけたのは分かってる」
「・・・確かに色々と問題は起こった。正直に言ってしまえば、現在進行形で続いている問題もある。しかしそれが迷惑かというと、それは違う」
と、俺はきっぱりと言った。
「俺の気持ちに関しては、あのときお前に言ったとおりだし ―― 幹部たちからも特に抗議の声は上がってきていない。お前が心配することは何もない」
「そりゃあ・・・、お前に面と向かって文句を言ったりはしないだろうけどさ」
「何を言ってるんだ、言うに決まってるだろうが」
「・・・そうかな」
「当たり前だ。幹部たちは皆、問題があると思えば絶対に面と向かって俺に言ってくる。特に三枝なんか、普段だって重箱の隅をつつくような文句ばっかり言いまくっている男だぞ。今回だけ遠慮なんかするもんか ―― もちろん彼らが使っている舎弟たちの中には色々思うところがある奴もいるだろうが、そこまで気にしていたらキリがないだろう」
「・・・三枝さんも、何も言わなかったのか?」
「何も言わないどころか、全て計画の範囲内だとでも言わんばかりの仕事ぶりだったぞ。あのフットワークの軽い手際のよさを見たら、お前もそんな心配する気には絶対にならなかっただろう」
三枝が人に遠慮して言いたいことを我慢するような人間でないことは稜も分かっていただろうが、俺が断言するのを聞いてやはりほっとしたのだろう。
稜はふっと表情を緩めて息をつき、手にしたお茶をひとくち、口にする。
「ああ、そうそう。三枝といえばあいつ、お前にその気があるなら何か仕事を探すと言っていたぞ」
と、俺が言うと稜は再度顔を上げ、
「・・・仕事?仕事ってそれは一体、何の話だ?」
と、訝しげに訊いた。