第23話
「・・・本当になんだか、とっても怖いんだけど。良からぬことを考えてるだろ、龍二郎さん」
掌に受けたボディー・ソープを無言で泡立ててゆく龍二郎を見ながら、降り注ぐシャワーの飛沫に目を細め、怜は訊いた。
当たり前だ、色々と考えてるに決まってるだろうが ―― と、いう心の声はおくびにも出さず、
「良からぬことっていうのは例えば、どんなことだ?」
と、しれっとした口調で龍二郎は訊き返し、その返答を聞いて苦笑する怜の手を取る。
そしてボディー・ソープの泡を纏わせた手でまずは指先から、指の間までをも時間をかけて、丁寧に洗ってゆく。
微妙に緊張感を漂わせていた怜の身体から力が抜けるのを見計らい、龍二郎はその手を手首から肘にかけて滑らせ、二の腕を洗い終えたところでさり気無く怜を引き寄せた。
小さく笑いながら、怜が大人しく龍二郎の胸に身体を寄せてくる。
それでも龍二郎は先を急がず、腕から肩へ、首筋から背中へと手指を辿らせる。
マッサージするように、背中から脇の下、脇腹を撫で回され、時にふっと意図的に力を込めて引き寄せられ ―― その度に怜は身体をびくりと震わせたり、深い吐息を漏らす。
だが龍二郎の手が腰から下肢へと這い降りかけたところで、それまでされるがままだった怜の身体が激しく強張った。
次いで怜の両手が抵抗するように、龍二郎の胸に突かれる。
「・・・もういいよ、後は自分でやるから」、と怜は言った。
そしてそのまま怜は身体を離そうとしたが、抵抗を見越して怜の背中に回されていた龍二郎の腕が、それを許さない。
「無駄な抵抗は止めろよ。お前だって、今更逃げられるとは思ってねぇだろ?」、と龍二郎は言った。
「・・・っ、だって ―― ち、ちょっと、やだって・・・!」
さっと頬に血の気を上らせた怜が抗議の声を上げたが、もちろん龍二郎は聞く耳を持たず、背後から強引に怜の太腿の内側に右手を滑り込ませる。
そうしてみて、龍二郎はすぐに怜の抵抗の理由を知った。
先ほど龍二郎が怜の中に放った精が後孔から零れ落ち、そこを濡らしていたのだ。
ぬらりとしたその感覚に、なんとも言いようのない複雑な想いがあった。
「・・・ゴム付けりゃいいんだよな・・・、おい怜、後ろ向け」
太股を洗い終え、後孔にさりげなく指を置きながら、龍二郎が言った。
「・・・本当に、もう、いいってば・・・」
龍二郎と視線を合わせないようにしながら、怜は言った。
「余計な遠慮はするな、いいから後ろ向いて、そこに手、突け」
命令口調で言うのと同時に龍二郎は怜の身体を反転させ、その両手をバスタブの縁に突かせる。
もちろん怜は抵抗したのだが、龍二郎にかかっては怜の抵抗などは児戯に等しかった。
「・・・俺が嫌がることは絶対しないって約束したの、ついさっきのことなのに。龍二郎さん、嘘つき」
往生際悪く、怜が文句を言う。
「嘘つきだって、人聞きの悪いことを言うな。お前が本当に嫌がることだったら、絶対しねぇよ」
怜の抗議を聞いて笑い、龍二郎は言った。
「なにそれ、そんな・・・ ―― っ、・・・、 ―― !」
ゆっくりと後孔に指を挿し込まれ、怜が抵抗の言葉半ばにして声にならない声を上げた。
挿し込まれた指がゆっくりと抜け出してゆき、再度ゆっくりと中に押し入れられる。
2度、3度とそんな行為を繰り返され、それは前戯などではないのに ―― たぶん ―― 妙な反応を示してしまいそうで、怜はバスタブの縁にきつく爪を立てる。
だがつるつると硬質なそれは、沸き上がってくる焦燥を上手く堪えさせてくれない。
自分の身体が熱くなってゆき、否応なしに呼吸が速まってゆくのが、怜には分かっていた。
背後にいる龍二郎にも、当然それは分かっているだろうと考えると、居たたまれない。
とにかく1分、1秒でもいいから、早くこの拷問のような状況を終わらせて欲しい、と祈りのように思いながら、怜はきつく眉根を寄せる。
このまま永遠に続いてゆくのではないかと怜が危ぶみかけたその時間はやがて、唐突に終った。
が、それは怜が想像していた終りとは随分と違っていた。
「 ―― 龍二郎、さん・・・、これ、絶対・・・、指じゃ、ないし・・・」
身体の表面を焼く熱以上の灼熱を孕む肉茎に体内を浅く抉られた怜が、途切れ途切れに言う。
龍二郎はただ小さく鼻で笑っただけで、何も言わずにじわじわと征服を深めてゆく。
「ぁ、ん ―― は、ぁあ・・・、・・・っ!」
一番奥まで龍二郎の猛りを飲み込んだ怜が、征服の瞬間、電流を流されたようにびりっと身体を震わせる。
「 ―― まぁ、何だ。確かに有言不実行も甚だしいよな ―― 相手がお前だと、ついな・・・辛ければ言え」
独り言のような言い方で、龍二郎が言った。
背後にそんな声を訊いた怜は、圧迫感に息を詰まらせながらも、思わず笑いそうになり ―― 同時に何故だろう、泣きそうになる。
こういう龍二郎の、強引なように見えて実は肝心な所で強引になりきらないところが、最初の頃から怜はとても好きだった。
強引なことを強引だと思わず、他人は自分に従うのが当然であり ―― 言ってしまえば自分以外の人を人とも思っていない人間を、幼い頃から怜は身近に見てきたし、そんな人間を幾人も知っていた。
だが龍二郎は例えどんなに権力を持っても、周りに認められるようになっても、絶対にああはならないだろうと、怜は思う。
それは適当な予感などではなく、揺るぎない信頼にも似た確信だった。
バスタブを掴んでいた手の片方をそこから外し、怜はその手指を腰に添えられている龍二郎の手にをきつく絡める。
そして小さな声でその名を二度、囁くように、呼んだ。