Two Moon Junction

第24話

 自分を呼ぶ怜の声になにか含むものを感じた龍二郎は、ゆっくりと怜から身体を離した。

 支えを失ってずるずるとバスルームの床に沈んでゆこうとした身体を強く引き上げて深く口付けると、つと伸びてきた怜の腕が、龍二郎の首と背中に回される。
 抱きついてくる怜の両腕にはバスルームの床に崩れ落ちていった際の頼りなさはなく、官能に煽られたような切羽詰った力強さがあった。

 龍二郎は無言で怜の背中をバスルームの壁に押しつけ、腰だけを引き寄せて片足を抱え上げ、一気にその身体を貫く。

「ぁああ、あ、っ・・・ ―― 、っ!!」

 上げた声が想像以上に大きくバスルームに反響し、それに羞恥を覚えたのだろう、怜はきつく眉根を寄せて続こうとした声を飲み込んだ。
 にやりと笑っただけでそれには構わず、龍二郎は埋めた自身で怜の奥底を強く擦り上げつつ、怜の腰を微妙なかたちに揺らした。
 時折浅く引き抜かれては突きつけられ、怜の唇から堪え切れずに漏れるため息のような喘ぎ声とくぐもった水音が絡まりあい、バスルームを満たしてゆく。

 やがて、片足と龍二郎の肩に置いた腕だけでは体重を支えきれなくなったのだろう ―― 怜の身体が、壁を伝うように崩れ落ちてゆく。
 今度はその身体を引き止めようとはせずに腰を落としていった龍二郎が、床に膝を突くのと同時に強く怜の際奥を突き上げる。

「あぁあああ、や、ぁああっ!」

 身体が落ちてゆく際の自重に加えて、狙いすまして最奥を突かれ、怜が一際激しく啼いた。
 その衝撃に抗しきれずに高みに押し上げられた怜に休む隙を与えず、龍二郎が本格的に腕の中の身体を貪り始める。

「っ、ぁあ、もぉ ―― 待・・・っ、や・・・お、かしくなる、って、龍、二郎さん・・・!」
 喘ぎ声の狭間から、怜が切れ切れに訴える。
「・・・お前ならどんなんでもいいって言ってんだろう、いくらでもおかしくなれよ、ほら」
 怜の内部を蹂躙する動きは止めずに言い放った龍二郎が、それと同時に再度揺すり上げるようにして猛った自身で怜を追い詰める。

 バスルームに、悲鳴のような声が響いた。
 限界まで反らされた喉元を舐め上げ、顎のラインを甘噛みしながら辿り着いた耳元で、龍二郎が怜の名を低く囁く。
 呼応するように身体を震わせた怜が、ゆっくりと目を開いた。

 快楽に濡れた視線が間近で絡み合い、どちらからともなく口付ける。
 交わされる口付けは、最初から貪り合うような、激しいものだった。

 龍二郎の背中に置かれていた怜の手が、筋肉のひとつひとつを確かめるようなやり方で肩から首筋を辿ってゆく。
 最後、龍二郎の髪の間に差し込まれた細い怜の指が、口付けの波にあわせて髪を根本から掴んでは離すような動作を繰り返す。

「・・・龍二郎さん、熱い・・・、すごく・・・」

 ふと唇が離れた隙に、怜が呟いた。
 唇を離した距離で見つめられた怜が照れたように瞼を伏せ、その拍子に睫に絡まっていた水滴が重力に引かれ、透明な軌跡を描く。
 それがシャワーの雫であることは分かっていたが、まるで涙のようにも見え ―― 龍二郎は微かに胸の奥が痛むのを感じた。

 離れていた2ヶ月の間に怜は泣いただろうか、と龍二郎は思う。
 別れる折に龍二郎が怜にぶつけた言葉は全て、怜が一番言われたくないと思っている、怜を何より傷つける言葉だったはずだ。

 もちろんもう二度とあんなことは言わないと、心に決めてはいる。
 これまで誰にも無条件で守られてこなかったのであろう怜を、これからは彼が望む限り、自らの手で守ってやりたいと龍二郎は本気で思っていた。

 だがそれはそれとして、龍二郎が怜を悲しませ、傷つけたという事実は永遠に消えない。
 そもそも、“絶対に許される訳がない”と諦めかけた程のことを、自分は言ったし、やったのだ。
 それを思えば怜と今、こうして肌を重ねていることの方が、夢のようにも思える。

「 ―― 龍二郎さん・・・?」
 嵐のような行為が唐突に凪いだのを不思議に思ったのだろう、怜が言った。

「・・・なんでもねぇ」
 沈み込みかけた物思いから醒めて龍二郎は言った。
 そして、
「しかし熱いのはお前の内部(なか)も同じなんだけどな ―― 自分じゃ分からないか?」
 と続け、龍二郎自身を熱く包み込む怜の入り口を指先で弄る。

「・・・っ、それ、やだ・・・、やめ、ろ、って・・・!」
 ベッドで一度濃厚に抱かれ、ここでもひとり高められて敏感になっているその部分を刺激され、身体を震わせた怜が言った。
 言われるまま黙って手を引いた龍二郎は、いつになく素直に手を引いた龍二郎の奇妙さを怜が訝しんだのもつかの間、何気ないやり方で膝を閉じるようにした。

「・・・っ、ちょ、っと、な・・・んで、・・・待っ・・・、・・・」

 向かい合っている繋がりが浅くなり、反射的に焦れた声を上げてしまった怜がうっすらと頬を上気させる。

「なんでって、お前があんまり嫌がるからさ」
 と、龍二郎はそんな怜を眺めながら、楽しそうに言った。
「お前の嫌がることはしないって、確かにはっきりと約束したもんな ―― どうして欲しいか言えよ。その通りにしてやるから」

「・・・龍二郎さん、性格悪い・・・」
 頬をうっすらと赤く染めたまま、怜が言った。
「どうしてそうなるんだよ。お前の好きなようにしてやるって言ってるんだろうが、この上なく親切だろ」
 喉奥で笑いながら龍二郎が言い ―― 音にならなくてもその笑いの雰囲気を察した怜が、恨めしそうに龍二郎を見る。
 だが龍二郎はにやにやと笑うだけで、怜の抗議などまるで意に介さない。

 黙っていられると蹂躙されている時よりも更に繋がった部分に意識が集中し、自分の内部が別の生き物であるかのように蠕動している感触がリアルに感じられる。
 自分が埋め込まれた龍二郎の脈動を感じているように、きっと自分のそれらも龍二郎に伝わっているのだろうと想像するだけで、身体中がじんじんと痺れるように熱くなってゆく。

「・・・、も、っと・・・」、やがて怜が、囁くように言った。
「 ―― 何だって?」、意地悪く、龍二郎が言った。

 そんな龍二郎を思い切り睨みつけ、
「早く来て、動けって、分かってるくせに・・・!」
 と、自棄を起こしたように小さく怒鳴った怜は、その後龍二郎に、
「“お前の言うことは何でも聞く”とも約束したしな」
 などとうそぶかれ、思う様嬲られ尽くすことになるのは ―― 覚悟の上だったかもしれない。